2020年10月22日
グルメネタだとたいてい200くらいしかアクセスないのですが、さすがに昨日は400近くありました。 三原さんのことを憶えているサポーターが多いのかと思うと嬉しいですね。 さて、JR九州の北部九州(熊本大分以北)2日間乗り放題5000円というのを利用しました。(その後さらに全九州2日間乗り放題10000円のも利用します) 新型コロナウイルスで乗客減に対する企画キップです。同様にJR北海道6日間12000円というのもありますね。 もっとも、60歳以上ならハロー自由時間パスで3日間8350円乗り放題というのも、もともとあるのですけどね。 ちなみに、5000円のは通常は土休日限定ですが、ハロー自由時間クラブなら曜日制限ありません。 で、博多駅7:30発の宮崎空港行き特急にちりんシーガイア(ハイパーサルーン)に乗ります。写真は行橋到着時のです。これに乗るためにホテルの朝食スタート7時の5分前にレストランへ行き、すでにオープンしていたので7:07に食べ終え、急いで歯みがきして博多駅に行きました。指定は6回まで取れるキップですが、あえて並んで自由席にした理由があります。 1号車の一番前の席は運転室かぶりつき席なんです。並びは5人目でしたが、マニア風の客もいなくて見事、特等席をゲットできました。 このまま宮崎まで行きたい衝動にかられましたが、この日の晩は福岡の知人と三原豆腐店に行く約束しているし、残念ながらそうはいきません。(大分以南はキップの有効区間外だし) しまった、小倉駅で方向転換するんだった (笑でも、このまま座席転換しないで後ろ向き(外向き)のまま車窓風景を楽しめば良いかとも思ったけど、車掌さんが2人もこちらを向いているので、やむなく座席転換しました。 もっとも、小倉から行橋まではたったの17分だし、博多から小倉まで61分楽しめたので十分でしょう。 行橋から平成筑豊鉄道に乗り換えます。平成筑豊鉄道は4年前に一部区間乗ったことありますが、今回、残り区間乗りつぶす算段です。 ディーゼルカー1両です。ここから田川伊田までの田川線は、旧国鉄田川線だった路線で、筑豊の石炭を行橋近郊の苅田港まで運ぶための路線でした。 筑豊から近い港は北九州市の若松港がありますが、筑豊でも炭坑節で有名な田川地区は、もっとも近い港が苅田なので、重要な路線でした。全線乗り放題1000円のキップを買いました。全線乗らないし、普通に買っても1000円とわずかですが、いったんJRに乗り換えたりするので、何度も現金用意するのも面倒だから、これが楽です。私が生まれ育った栗沢も産炭地だったので筑豊には親近感あります。左は日豊本線。日豊本線は海沿いを走りますが、田川線は内陸部へ向かいます。 ネーミングライツの駅名かと思ったら、正式な駅名でした。田川線は単線ですが、かつて長大編成の石炭列車が行き違い可能にするために、行き違いできる線路は長いですね。三四郎というのは、夏目漱石の三四郎が京都郡出身の設定で、ここが京都郡なのでこの駅名にしたそうです。なぜ京都郡の名称かというと、古墳時代、熊襲征伐のために天皇自らが赴いて一時的に宮殿を設けたからだとか。 ちなみに町名は「みやこ町」です。 残念ながらトロッコ列車は新型コロナのため運休です。未成線跡地を利用したトロッコです。トロッコは往復3.4㎞もあり、トンネルまである本格的なもののようですから乗ってみたいですね。 九州ではたいがい「原」の字は「ばる」と読みます。宮崎の新田原(航空自衛隊の基地があります)とか、人名の東国原が有名ですよね。これもそうですね。もちろん島原などの例外はあります。石炭列車がたくさん往来していたころは、間にもう1本レールがあったのでしょうね。栗沢駅も3本あったのが1本になってしまってます。「赤」一文字というのも面白い駅名ですね。同じ福岡県内(西鉄)に「紫」があります。「緑」もあるけど、どこにあるかは道産子ならご存じでしょうね。田川伊田に着きました。かつては手前に何本もレールがあったのでしょう。
プロフィール
1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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