ありのままをバルバリッチに

2014年09月08日

「ありのまま」流行である。
ありのままの自分でいいんだそうである。
「今のわたしは本当のわたしではないのではないか」
と今までさんざん自分探しをしてきた末に
ありのままでいいと言われた日にゃあという気がしないでもないが、
自分探しの旅にはお金も時間もかかるわけで、
それでもいまだに見つからない自分をいつまで探し続ければいいのか?
と自問自答しつつ、やめるわけにはいかなかった向きには
ありのままブームは渡りに舟だったに違いない。
さあ、みんな、自分探しは終わりよ!ありのままを見せるのよ!←映画観てないからわかんないけど。
続編も決定したらしいし、まだまだ続くよありのまま。



しかし、ある程度の年(って何歳くらい?)になると、
ありのままを見せることによる弊害もあるような気がするわけである。
そもそも「ありのままの自分」ってどれなのか。
ありのままブームにも乗れず、今さら自分探しもできず。
トホホ。


監督が代わったからとて、
彼に気に入られようとして変なことはしない方がいいと思う。
アピールはもちろん必要だが、
個人のアピール合戦になったら組織がバラバラになってしまうし、
うまく見せようったって、どだい無理な話なんだから。


バルバリッチの練習方法とか指導方法とか選手への接し方とか、
みんな不安に思っているだろうけど、
自分のサッカーに対する考え方や姿勢は変える必要はないと思う。
この選手はトラップが下手だなとか、
こいつは枠にシュートを打てないのかとか、
思われるのはしょうがない(だってそうなんだもん)。
でも、ありのままを見せるしかないんだよ。