2008年11月20日
「トンネルを掘っていくいちばん先を、切羽と言うとよ。トンネルが繋がってしまえば、切羽はなくなってしまうとばってん、掘り続けている間は、いつも、いちばん先が、切羽」 (195頁) 静かな島で、夫と穏やかで幸福な日々を送るセイの前に、ある日、一人の男が現れる。夫を深く愛していながら、どうしようもなく惹かれてゆくセイ。やがて二人は、これ以上は進めない場所へと向かってゆく。 (帯より) お互いに意識しあった男と女が、必ず結ばれるとは限らない。 安っぽい小説やドラマの世界では、惹かれあう男と女は簡単に結ばれ、ドロドロとした愛憎劇が繰り広げられるが、現実の世界ではそのようなケースは意外と少ない。 特に、片方に、或いは両方に家庭があった場合、お互いに本気であればあるほど、結ばれることのないまま、お互いの気持ちを確かめ合うことすらないまま、破滅の匂いに魅力をを感じつつも表面的には平静を装ったまま、ひっそりと終わる事が多いのではないだろうか。 この小説は、そんな大人の恋愛小説だと思う。心はゆらゆらと揺れ動くが、何も起こらない。必死に家庭を守ろうとするわけでもなく、男を強く求めるでもなく、自分の心に立つさざ波を持て余しつつも、淡々と静かに日々を送っていく。 刺激的な出来事と言えば、セイの同僚で奔放な性生活を送る月江、月江の愛人である本土さんの妻、3人の女性の忍耐と葛藤が、うまく対比させながら描かれている事くらいか。 読み終えた直後は、あまりにもあっさりした読後感に正直少々物足りなさを感じたが、自分の生活を振り返ってみると、改めて思うところがあり、僕の人生にも確かに切羽があったなと、じんわりと染みてきた。 第139回(2008年上半期)直木賞受賞作です。
野風
Re:『切羽へ』 井上荒野 (「キリハヘ」 イノウエ アレノ)
2008-11-21 19:04
起伏が少なく波風がたたない現実的な展開に、 安堵感を覚える反面、物足りなさを感じる。 読者は我が儘読、私は毒されているのか? 以前青空さんが紹介した、和田竜著『のぼうの城』は 第139回(2008年上半期)直木賞受賞作を逃した作品。 面白いのはどちらの作品か?? 面白いだけでは受賞できない???
青空
Re:『切羽へ』 井上荒野 (「キリハヘ」 イノウエ アレノ)
2008-11-21 22:21
>野風さん 読んでいる最中、読み終えた直後の面白さは 圧倒的に 『のぼうの城』 でしょうね。 でも、余韻が長く残るのは 『切羽へ』 かもしれません。 前者はマンガ的な面白さ、後者は小説としての面白さのような気がします。 後者が直木賞に選ばれたのは 妥当だと思いました。