『忘れられた巨人』 カズオ・イシグロ 

2017年10月28日

1509023306-_20171020_213542.JPG



 アーサー王は 5世紀後半から6世紀初めにかけて ブリトン人を率いて サクソン人の侵攻を撃退した伝説の王です。この小説は アーサー王伝説を下敷きに、アーサー王が亡くなってから数十年後のイングランドを舞台として、冒険ファンタジー小説風に描かれています。

 ただ、失われた記憶と愛をベースにしたファンタジーという事で 期待しながら読み始めたのですが、どうにも雲行きが怪しい。確かに 一貫して アクセルとベアトリスという老夫婦の愛情と絆を中心に 失われた記憶を辿る旅が画かれ、記憶を失う理由、アクセルの正体などを探る物語が展開していくのですが、ストーリーに起伏が乏しく、途中で何度も本を置きそうになりました。
 抑制されたカズオ・イシグロの文体は このようなタイプの作品には向かないのかもしれませんし、翻訳が下手なのか ひっかかる文章や表現が多かったという事もあるでしょう。 (原書を読みこなすだけの英語力も無いのに申し訳ありません。前2冊の時は特に感じなかったのに、今回はちょっと気になったもので・・・・・。)

 日本の妖怪や文化をある程度知らないと 半村良の陰陽師シリーズや 京極夏彦の百鬼夜行シリーズの面白さが判らないように、この作品もイギリスの古い文化や歴史に関するバックボーン、特にアーサー王伝説に関する知識が無いと 面白さが判らないようです。
 例えば、最後に登場する 「島」 ですが、多分、あの世、彼岸を象徴しているものと思います。アーサー王が戦で致命傷を負った時に アヴァロン島 (伝説の島) に渡って最期を迎えたという伝説があるというのが その理由。そうなのかなとは思いつつ、読んでいる間は アヴァロン島との関連には気付かずにモヤモヤしていて、読み終わってから アーサー王伝説を調べて気付いたのですが、そうであれば納得する部分がいくつもありました。

 また、「鬼」 や 「雄竜」 の他に 「小妖精」 が何度か登場します。日本では「妖精のような」という表現があるように、妖精と言えば可愛らしいイメージがあると思うのですが、(近年はハリーポッターのしもべ妖精、ドビーが現れたので必ずしもそうとは言えなくなりましたが、ピーターパンのティンカーベルはやきもち焼きであっても可愛らしいです)、イギリスでは違うイメージで捉えられているのかもしれません。日本で川辺の妖怪と言えば河童なわけで、もしかすると そんなイメージが近いのかな。そうならば 訳語は 小妖精ではない方が良いような・・・・・。

 アクセルがベアトリスに呼びかける 「お姫様」。原文には “princess” とあるので間違いではありませんが、単に 「姫」 や 「姫様」 の方がしっくりくるような気がします。

 原題は ”The Buried Giant” なのですが、「忘れられた巨人」というストレートな訳のタイトルも気になりました。何か隠された意味があるように思うのですが、それに気付けずにモヤモヤしています、まさか GIANT = アーサー王ではないですよね?
 



post by aozora

23:59

本の話 コメント(0)

この記事に対するコメント一覧

コメントする