2017年10月24日
舞台は 第二次世界大戦から数年を経た1956年のイングランド、主人公は ダーリントン・ホールというカントリー・ハウス (貴族の邸宅) で働く初老の執事 スティーブンス。 ダーリントン・ホールの主人は ダーリントン卿 (伯爵) であったが、第一次世界大戦後のドイツの窮状を見かねて奔走するも、結果として ナチス・ドイツに利用される事となり、第二次世界大戦が始まると信頼を失って没落。やがて失意の内に この世を去る。 ダーリントン卿の死後に ダーリントンホールを買い取ったのは アメリカの資産家・ファラディ氏で、スティーブンスは引き続き ファラディ氏の下で執事として働くが、スティーブンスも高齢となり、ミスが目立つようなっている。 そういう状況の中で、スティーブンスは主人の好意で主人の車を借り、かつて 女中頭として共に働いた女性を訪ねる旅に出る。 この小説は、一週間ほどの短い旅をしながら 美しい田園風景の中で様々な思い出に浸り、自分の人生を振り返るという物語です。 「カントリー・ハウス」、「執事」 は、いずれも古き良き時代のイギリスを象徴する屋敷、職業なのですが、ダーリントンホールは 伝統とステータスを金で買おうとするアメリカ人の大富豪に買い取られ、執事は歳をとって老いぼれていくという設定で、かつての大英帝国の没落を表しています。 スティーブンスは執事という仕事に誇りを持ち、偉大な執事に必要なのは主人に対する忠誠心と品格だと信じて、一切の私欲を捨て、身を粉にして仕事に打ち込んできたのですが、高齢になって人生を振り返った時に初めて気付くものがあります。 良かれと思ってやった事が 良い結果を招くとは限らない。仕事でも プライベートでも 何度も転機はあったのに、いつも気付かないままに やり過ごしてしまった。有能な執事だと自負していた自分は、実はただの鈍感な朴念仁ではなかったのか。自分の人生は 果たしてこれで良かったのだろうか・・・・・。 あの時別な道を選んでいたら、自分の人生はどう変わっていたのだろうと考える事は誰にでもあると思いますが、晩年になって自分の人生を振り返った時に、見過ごしてきた事の多さに気付き、後悔ばかりが先に立つとしたなら・・・・・。 とても切ないです。 明日には旅が終わるという日、夕方の桟橋で海を見ながら涙を流すスティーブンスに 見ず知らずの男が語ります。 「わしに言わせれば、あんたの態度は間違っとるよ。後ろばかり向いているから、気が滅入るんだよ。人生、楽しまなくっちゃ。夕方が一日で一番いい時間なんだ。脚を伸ばして、のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。」 その言葉を噛みしめながら スティーブンスは自分の考えが間違っていたと気付き、自分の人生を前向きにとらえ、肯定しようと考えます。そして、今からでも自分に出来る事をやろうと思い、新しい主人を喜ばせるためにジョークの練習をしようと思い立ちます。 どこまでも真面目で不器用なスティーブンスの姿に、何故か亡父の姿が重なり、泣き笑いのように 心を動かされました。 程好く抑制された端正な文章が 穏やかで自制的なスティーブンスの人物像とよく合っていて、印象的でした。