2013年10月04日
TEN SELECTED LOVE STORIES というサブタイトルが示す通り、村上春樹が選んで訳した9編と、自らが書き下ろした1編の計10編、短編の恋愛小説が収録されています。 ストレートなラブストーリーから 少々歪んだものまで、様々な愛の形が収められ、なかなか味わいのあるアンソロジーとなっています。
装丁が良いですよね。 竹久夢二の「黒船屋」。 この表紙だけで 思わず手に取ってしまいます。 各編の最後に 村上春樹の寸評と 甘味度、苦味度の☆が付けられているのが楽しいです。 映画と違い、小説を読み終えた後で すぐにその感想を誰かと話し合うという機会はなかなか無いので、こういう寸評は 村上春樹と二言三言話せたたような気になります。 自分の感想と村上春樹の寸評が一致した時、反した時、それぞれに面白いです。
村上春樹の短編は「恋するザムザ」 “目を覚ましたとき、自分がベッドの上でグレゴール・ザムザに変身している事を彼は発見した。” ザムザではピンと来なくても、この冒頭を読んだ瞬間にカフカの「変身」をベースにしている事が判ります。 「変身」のパロディというか、パラレルストーリーというか、(村上春樹は 後日譚と書いていますが)、「変身」を下敷きとしたラブストーリーですが、随所に作者の遊び心を感じますし、村上春樹らしい作品に仕上がっていると思います。 ところで、 “ある朝、グレゴール・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な毒虫に変わっているのを発見した。” (フランツ・カフカ著「変身」、高橋義孝訳) 今回、恋するザムザを機に読み返してみるまで、この“毒虫”を芋虫のようなムシだと思い込んでいたのですが、どうなのでしょう? 最初は ・鎧のように固い背、 ・アーチのように膨らんだ褐色の腹、 ・腹の上には横に幾本かの筋がついており、筋の部分はくぼんでいる。 ・胴体の大きさに比べて足はひどく細く、 ・たくさんの足がたよりなげにぴくぴく動く。 と描写され、これだけだとムカデのような気もしますが、読み進むにつれて 次第にイメージが変わって来ます。 実際は 何かの象徴として 実在しない架空のムシを書いているのでしょう。 僕のようなオジさんでも興味がわくのですから、この“ムシ”を卒論のテーマにしている文学部の学生は多いでしょうね。 僕の手元にあるのは 昭和52年6月、43刷の新潮文庫で、120円。 時代を感じます。