2012年01月07日
昨年10月、北杜夫が亡くなりました。 僕が中学、高校生の頃に一番好きだった作家で、多くの作品を読んだ記憶があります。今でも10数冊を手元に残していますが、久しく手に取る機会も無く、本棚の一番上に追いやられています。 今回、追悼という訳でもないのですが、何か読み返してみようと思い、30年ぶりに『楡家の人びと』を読みました。 手元にあるのは 4丁目プラザの地下にあった一誠堂書店(古本屋)で購入した単行本(昭和49年3月45刷、定価1200円)で、表紙はすっかり黄ばんでいますが、オフホワイトの布張りで、箱入りです。
「楡家の人びと」は 北杜夫の自伝的小説で、第一次世界大戦に勝利して好景気に沸く大正から第2次世界大戦後にかけての激動の時代を背景に、楡家3代の繁栄と没落を描いた大河小説です。 楡脳病院の創設者 楡基一郎や、娘 楡龍子など、強烈な個性を持った一族が登場しますが、案外と皆 俗物なので、親近感が持てます。基一郎をはじめとして 多くの登場人物に実在のモデルがいるそうで、そのせいもあってか どの人物もキャラクターがはっきりしていて、とても生き生きと描かれています。 しかし、個性的ではあっても それぞれは一人の市民以上の存在ではなく、関東大震災や 第二次世界大戦に巻き込まれ、大きな時代の流れに翻弄されます。その中で精一杯生きて行く姿は 逞しくもあり、悲しくもあり、それがこの作品の一番の面白さなのでしょう。 第3部を中心とした後半では 第二次世界大戦前夜から戦中、戦後の楡家の人々の様子が描かれます。 最前線でも、銃後でも、人々は生き抜くのに必死であり、戦記物のような大きなドラマはありませんが、壮絶で悲惨な戦争の有り様が 淡々と描かれているだけに 余計に心を打ちます。 余談になりますが、第三部に「主に朝鮮や沖縄出の女たちのたむろするごく殺風景な慰安所の前で、便所を待つ人々のように行列を作ることもできた。」という一文があります。 この作品が発行された昭和39年はまだ多くの証人がいた時代、これが一般的な認識だったのでしょうか?これも様々な問題を意識させる文章だと思います。
この頃は外箱の裏に書評が印刷されていて、この作品では 三島由紀夫が「これこそが小説なのだ」と絶賛しています。 正直、そこまでの作品なのかどうか、僕には判断できません。 細部まで丁寧に書き込まれ 読み応えがありますが、かなりの長編であるにもかかわらず 大きなドラマが無いだけに 冗長に感じられる部分もあります。序盤のうちに この作品の世界に入り込めるかどうかが 最後まで読み通せるかどうかの分かれ道かもしれません。 しかし、僕にとっては 村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」と並んで大切な作品で、これからもずっと本棚に並び続けると思います。