29年前の今日、フェイズは変わったのだが

2024年01月17日

本題の前に、昨夕のあれこれから。

相澤氏の特集はリアルタイムで見ることができたのではあるが、録画の方が機器トラブルでされておらず、改めて見返せなかったのは残念ということであって。

そして6時台は、新千歳空港での飛行機同士の接触事故があったかと出て、ほどなく緊急地震速報が流れ、能登半島地震の余震としてはまた震度5弱なんてことになって、NHKのローカルニュースは吹っ飛んで終了になっていたと。
何も今年新年早々の流れを繰り返すようなことにならんでもと、感じてはいたのだな。


さて今日は阪神・淡路大震災から29年目の日ではある。

毎年この時期になると、思い出したかのようにニュース素材になるわけだが、今年は新年早々に大きい地震があったから、まだそれも先が見えないまま2週間以上が過ぎて、今日を迎えたのだということで。

たいそうなタイトルであるが、意味合いとしては、それまでの大きな地震というのはだいたい発生場所が限定されていたと。北海道でいえば、浦河沖や釧路沖というのが相場だったのだな。
阪神・淡路大震災はそれまで起こるとは想定もされていない場所での発生だったことであり、その後の大きな地震である東日本大震災や熊本地震、胆振東部地震も場所としては起きそうもない場所という共通部分があって。

ああもう今やいつどこで起きてもおかしくないのだからの始まりが29年前の今日だということなんだな。


未だに先が見えない能登半島地震の収束ではあるが、そもそもこれについては決して突然ではない。

数年前から何度が群発していたのだから、ある程度の準備が可能だったにもかかわらず、ないがしろにされてきたのだな。
過去の大きな地震の際は、報道上でも日を追うごとに変化は見られたのが、今回はずっと停滞している感じしかしない。
対応の遅さは、人災と言っても過言でないくらいの関連死を発生させているし、まったくやりきれない。

相変わらずこの国のトップの発言からは、深刻さも切迫感も感じられず、他人事にしか見えず、ラジオのニュースで発言が流れれば、原稿を読んでるだけがはっきりわかり心がこもっていない。
まあ自身の欲望にしか関心がないからそうなるのだろうが、この災害時には何と不幸であるとしか言いようがない。
少なくとも深刻な部分には関わらない、触れない姿勢がある以上は絶望的なんだな。


もう少しすれば、あの時刻がやってくるけれども、また違った感慨になるのかな。

一昨日・昨日と真冬日だったのが、今日はすでに気温がプラスということで、また試されているということにはなるんだろう。


post by akira37

05:18

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