2017年09月10日
昨日の試合を冷静に振り返るとやはり中盤でボールを持てたのがよかった。前半ソンユンがビックセーブしたシーンとPKになったシーン以外は危ないシーンがなかった。 後半も相手の攻撃を抑えてボールを拾いパスをつなげ展開していった。 そして四方田監督の采配が冴えた。 都倉に代えたのは勇気がいったかもしれないが、正しい判断だったと思う。 都倉は得点以外はあまりよくなかった。てっきりヘイスを代えるのかと思ったが。都倉をジェイに代えてよかった。そして伸二の投入 宮澤が足が思うように治っていないのだろう。てっきり荒野に代えると思いきや、前掛かりでも得点をとっていこうというメッセージが選手やサポーターに伝わった。 試合を通してすごかったのは兵藤とチャナ。前半は兵藤のプレスが効いていて何度もボールを奪うシーンがあったし。チャナは代表疲れを感じさせない、体力のすごさ。当たられても相変わらず倒れないのは凄いとしかいいようがない。 宮澤も目立っていなかったがよい働きをしていた。 そしてなんといってもサイドから2点をとれたのはよかった。ミラーゲームになるのでサイドからの攻撃がポイントだろうと思ったが2点ともサイドからのクロス。 1点目は相手のWBにボールが当たり、倒れていたところをそのスペースを利用して早坂は縦に突破した。 2点目もチャナの縦パスから伸二のワンタッチのパス。それを受けた直樹のクロスだった。これも福森がWBの太田と接触して太田が倒れたスペースを上がった直樹の突破で 運も良かった。 また名波監督はドームの芝が走らなかったと言っていたが、このことを含めてホームの利があった。 ホームでこれだけ内容のある試合をしてくれれば満足。1点はとられたが、好守に磐田を圧倒した。 ヘイスがみんなの勝利と言っていたがまさに監督、コーチ、選手、サポーターでとった勝利だった。 勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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