2024年01月30日
スポーツ報知で名古屋高校の原康介のインタビューが載っていた。 ↓ https://hochi.news/articles/20240130-OHT1T51053.html?page=1 J1札幌に加入することが決まった、名古屋高MF原康介(18=3年)が30日、午前練習後に取材に応じ「率直にうれしいのが1つと、これから厳しい競争が待っている。大きな覚悟を持ってやりたい」と決意を口にした。 昨年12月29日に初戦を戦った今年度の全国高校選手権の際、札幌から練習参加の声がかかった。それ以前に大学から「推薦入学で」という誘いはあった。しかし「プロになるのが大きな目標だったので」と進路は決めずに臨み、チャンスをつかんだ。 沖縄キャンプに参加。「ここがダメだったら大学受験しないといけない。ここを取るためにとかけていました」6日間に全力で臨んだ。その様子を見た竹林京介強化部長は「戦術理解度などサッカーIQが高い。スピードもあるし、高校年代にしては体も強くハードワークができる」と札幌のスタイルに合致すると判断。同部長が「ミシャが一番評価してるんじゃないかな」と、願いが形となり、原は「思い通りにいきました」と笑顔を見せた。 チームは左ウィングバックを軸に、シャドーでの起用も想定している。「攻守の切り替えは高校とは全然違う。オフザボールの動きは課題。出ていくタイミングはうまくならないと」と修正すべき点を思い描く。その上で「卒業式は出られないかも」 原の場合は道新にも載ったので決まりだろう。 ↓ https://www.hokkaido-np.co.jp/article/969005/ 発表がまだないのは本人の合意を得たばかりで事務手続きが遅れているせいではないかと思う。 原はかなりスピードがあって、頭が良い選手とのこと。また、アジリティの計測では全国一になったこともあるそうだ。体も強く、フィジカルもあって運動量があればミシャは放って置かないだろう。 ミシャの好きなタイプに違いない。他のJチームから声がかからなかったということもラッキーだったのではないか。 懸念されるのは守備だろうか。守備はチームとしてもっぱらはやらないので、自分でだれかを相手に練習をしっかりやってほしい。 ポジションは主に左WBだろう。左は宏武がいるが、宏武は右もすると思うので、原が左ができるというのは心強い。左は菅ちゃんと岡田だろうか。それに原も加われば一段と層が厚くなる。 原は直ぐにはリーグ戦には出られないかもしれない。しかし、ミシャ式をしっかりマスターすれば徐々にチャンスが貰えると思う。 ミシャ式はやはり運動量があって、アジリティに優れた選手が優先される。 その意味では原は今後が非常に楽しみ。入団したらまずはカップ戦が主だろうが、頑張ってできるだけ速くリーグ戦にでられるように頑張ってもらいたい。 勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
剛蔵
Re:名古屋高校MF原康介入団は道新にも出た。また報知が原をインタビューした。
2024-01-30 20:15
ご指摘通り、守備がしっかりできれば楽しみですね。 菅ちゃんや大和は左CBも可能なので、 どこまで食らいつくか、楽しみです。
蹴球素人
Re:名古屋高校MF原康介入団は道新にも出た。また報知が原をインタビューした。
2024-01-31 12:25
守備が見劣りすると、年代別代表にもお呼びがかからないと思います。もしこうなったら、札幌の、特にミシャの育て方が悪いと評価が付きまとうと思います。ミシャ、もう少し柔らかくなってくれませんかね。
孔明
Re:名古屋高校MF原康介入団は道新にも出た。また報知が原をインタビューした。
2024-01-31 17:31
◎剛蔵さん。 先ほど正式に入団が決まりました。良いものを持っていると思いますので頑張ってまずリーグ戦に出られるようになってほしいと思います。 ◎ 蹴球素人さん。 そうですね。ミシャには守備練習もやってほしいのですが。セットプレーの練習はノノさんがチームとしてミシャに掛け合って実現したそうですから、今度は三上さんがミシャに掛け合って守備練習をさせてほしいと思います。
プロフィール
名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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