2021年08月03日
昨日、クラブユース選手権の決勝をかけて鹿島と戦い見事1-0で勝って決勝戦へ進んだ。 前半は相手にボールを握られて守ってカウンターという内容だったが、決定的なピンチは1度くらい。しっかり守っていたという印象。 こちらはしっかりボールをつないで素早く縦に攻撃をしていくという形、クロスから飛び出すも合わずというビックチャンスがあったが触れず。 目立ったのはボランチでのキャプテンの砂田選手。激しく寄せて相手からボールを奪って味方の攻撃につなげていた。 前を向けば追い越す動きもとくやって惜しいチャンスを作っていた。 また両チームにPKくさいシーンがあったが主審はPKをとらず。 なかなか点が入らないじりじりとした展開だった。 流れが変わったのは後半。相手の選手に2枚目のイエローが出て退場。1人多い状態に ボールを支配できるようになり、特に右サイドから何度も攻撃するも決定的なシーンを演出できなかった。延長もあたまにちらつきだした35分 右サイドハーフの佐藤陽成選手が右サイドからドリブル。1人抜いてマイナスクロスに相手DFがオウンゴール。ようやく1点をとった。 その1点で勝利 明日の決勝戦で名古屋と対戦することになった。 なによりこんなチャンスはない。とにかく頑張ってほしい。 U-18はプリンスリーグではトップチームの帯同するためDFの西野選手と佐藤陽成選手とともに出場する機会が2試合しかなかったそうで、ようやくベストメンバーが揃ったのがこの大会だそう。とにかく悔いのない試合をしてほしい。 ここまできてU-18のメンバーはかなり自信がついたと思う。最終目標はプレミア復帰だと思うが、ここまできたらてっぺん目指してとにかく悔いのない試合をしてほしい。 勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
プロフィール
名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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