“白馬の王子様”は簡単には現れないから、“白馬の王子様”。

2009年11月25日

経営問題に一応勝手な区切りをつけました(笑)。

HFCには中期経営計画の事業評価とその公開をして欲しいと思いますが・・・

まあ、ぶっちゃけ自分でも、それほど明確なゴールを持って書いていないことは
読み返してみるとわかりますね(苦笑)。


ただ、ゴールとして漠然と思っていたのは、誰か他の人に頼らない姿勢。

自分たちで何とかしていくことの重要性です。


だから、現時点で、他の誰かが助けてくれるというシナリオ、
行政が助けてくれるとか、親会社が現れるという可能性を否定したかった。

親会社が、未来永劫つく必要がないということを主張しているのではなくて、
まず、自分たちだけで何とかしようとする気持ちがないといけないだろうと。






日本人は、時代劇が好きです。例えば、「水戸黄門」。
天下の副将軍が、ただのじいさんを装いながら、
忍者をつかって風呂場のシーンで視聴率を稼ぎ事実を解明し、正義を実現する。

単純化するなら、“偉い人”は、庶民の感情をくみとって、それを実現する。

その構図は、「暴れん坊将軍」も「大岡越前」も「遠山の金さん」でも同じです。

もう少しいうと、ちょっと変化球ですが、「相棒」もそうだと思います。

こういう感情が日本人にあるから、時代劇が受け入れられる。


しかし、結局時代劇は、フィクションなんですよね。現実は違う。
現実が違うからこそ、フィクションが好ましいものとして受け入れられているわけですが、
フィクションの中に日本人の理想があるともいえます。

フィクションだとわかりつつも、日本人は、どっかで偉い人がちゃんと見てて、
どっかで困っている人を助けてくれると思っている。

そして、その傾向は、一度道外に出たからわかったことですが、
北海道はより強いという印象です。

どっかの政党のあの人がやたら人気あるとかね・・・。


“白馬の王子様”は簡単には現れないから、“白馬の王子様”なんです(笑)。

HFCにも、周囲の人間にも困ったら誰かが助けてくれるのではないか
といった似たような精神風土を感じます。


日本人の理想とするフィクションとは真逆、
偉い人は助けてくれない、自分たちで何とかするという現実を見つめる必要性。

確かに、それにも限界はあるかもしれませんが、
始めから退路を用意していたのでは、大きく変われないのではないでしょうか。



post by whiteowl

13:20

Column コメント(1)

この記事に対するコメント一覧

MasaMaru

Re:“白馬の王子様”は簡単には現れないから、“白馬の王子様”。

2009-11-29 12:48

>まあ、ぶっちゃけ自分でも、それほど明確なゴールを持って書いていない なるほど、やや結論が曖昧な感じである点に納得しました。いや、ブログ(自宅)であることを考えれば、むしろ充分読者(客)に真摯な方だと思われます。 >自分たちで何とかしていくことの重要性です。 “自分たち”が“ファン”を指すのであれば、もう少し漠然とではあっても、クラブやチームに対する理想や希望のまとまりが必要ですし(そういう意味では“自分たちをなんとかしていくこと”が先?)、“HFCにこうして欲しい”と要望する行為というのは、(自分も含めたいていのファンはそれができることの最大限でしょうけれど)その時点で(要望されるクラブから見れば)“他人任せ”にすぎないわけで…。 でも、ひとつ前のエントリーにあったいくつかの提案は本当に良いと思うので、是非提案してみて下さい。そして結果とか教えて(←思い切りヒトマカセ)。

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