ダイジョーブ

2009年03月31日

 岡山戦。
 負け試合が引き分けで良かったじゃないか。
 終了間際の1対1。湘南は外さなかったあれを、岡山は外してくれた。
 
 湘南戦から数日で、すぐに移動。立て直す暇もないさ。
 
 いままで2年間も、高密度に厳密なラインデフェンスだったんだもん、
 いきなり人を見ろと言われても、戸惑うよね。
 ボールウォッチャーになっても仕方がないさ。

 ダニルソンは前半ゲームに入れて、徐々に日本のサッカーに慣れさせているのさ。

 大丈夫。
 気持ちさえ下向かなければ、いつか、きっと上向くよ。


第4節湘南戦 ダイヤの原石

2009年03月25日

 友だちに家まで送ってもらった。最速のレビューだ。

 コンサドーレ札幌2009のポテンシャルは高い。湘南を圧倒していた。終始ボールをキープし、ある時間帯にはやりたい放題と言っていい時間帯もあった。

 だのに点が取れない。一発のカンターに沈んだ。

 若いチームだった。開幕戦に見られた積極性が影を潜め、全員がおっかなびっくり、疑心暗鬼でプレイしていた。

 そうして開始早々、連携の悪さから、キリノと上里が味方同士でぶつかり、双方とも怪我でアウト(血も出ていたらしい)。キリノに代わりに宮澤。上里の代わりに砂川が入り、西がボランチに入った。ゲームプランは大崩だ。
 
 しかし、先発メンバーのモヤモヤが、このメンバー交代によって払拭され、時間と共に札幌は、相手を蹂躙しはじめる。個の能力では適わないと見た湘南は、自陣ドン引き。引き分け、もしくはカウンターの一発に明らかに切り替えた。

 こうなると札幌はやりたい放題。何度も何度もクロスを上げ、何度ども何度もコーナーを蹴った。しかし、入らない。何をしても入らない。最後に、横野を入れて、バランスを崩して攻めに出たら、案の定、裏を取れられて一発のカウンターに沈む。

 チームは若い。若さがもろに出た試合、と言ってしまえば、話は簡単。でもそれだけではないと思う。

 私見だが、今期、補強した外国人が醸し出すラテンサッカーと石崎サッカーがまったくかみ合っていないのだと思う。つまり、石崎サッカーが前線からのプレスによる素早いダイレクトサッカーならば、クライトンとダニルソンが醸し出すラテンサッカーはキープとショートパスによる遅攻。このダイレクトとラテンが、水と油となってまったくかみ合わないのだ。

 南米の中でももっとも南米らしいサッカーをすると言われるコロンビアがから来たダニルソンは、キープ・ショートパスの南米スタイルしか知らないのだろう。仮にダニルソン一人だけならば矯正もできただろう。しかし、ここにラテンサッカーの申し子のクライトンが入ることで、二人の間だけが香ばしいほどのラテンになってしまった。そしてこの二人のラテンの響きを、若い日本人プレイヤーはまったく理解できない。

 それに加えて、ながらく北欧でプレイしていたキリノは、これまでの北欧スタイルを続けるべきか、石崎サッカーを理解すべきか、やっぱり昔に戻ってラテンサッカーをすべきなのか、3つの選択肢の中で、どうしたらいいのか、私、ワカリマセン状態なのだろう。

 こう書くと深刻だけど、間違いなく個々のポテンシャルは高い。ラテンサッカー対ダイレクトサッカーの混乱でチームはバラバラだだけど、個々の能力だけで相手を圧倒できる。でも、バラバラだから攻めに時間がかかってしまい、その間に守られてしまう。これを崩す力はまだない。

 で、結論なんだけど、俺たちは何が何でも昇格というのは経験したし、その結果がどうなるかも知っている。だからこそ、時間がかかってもいいから、じっくりとこの素材を磨き上げて、このラテンとダイレクトとしっかりと融合させると、それはすごいチームになると思う。

 柳下コンサの1年目も、若手主体の育成の年だったけど、あのときとまったく違うのは、個々のポテンシャル。このポテンシャルの違いが、ここ数年の育成路線の最大の成果なのだ。そう思えば、ダイヤを磨く楽しみが我々にはある。

 たとえ今年の昇格がダメでも、数年、石崎監督の下でしっかりと鍛えるならば、川崎フロンターレになれる可能性もあると思う。今の川崎土台を作ったのが石崎さんなのだから。

 あとは、我々サポーターが、どうこれをサポートするかだ。




post by hibari

21:56

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【第3節】ヴァンフォーレ甲府戦 

2009年03月22日

 リベンジはならなかった。

 激しいプレスでボールを奪って展開するという今期のコンセプトの浸透はかなり見られるものの、前目でポジションが固まっていないため、攻撃にちぐはぐさが見られた。中盤でボール奪うものの、その勢いがゴールに向かうについれて、削がれていく印象だ。ゴールに向かって糞詰まりというか。
 
 特にキリノは、自分が何をしたらいいのか、まったくわかっていない様子で、彼の不安定さが全体に影響を与えているように見えた。
 
 中盤ではときおり、今のメンバーのポテンシャルの高さ垣間見せるものの、このちぐはぐさでは、仙台や甲府のように監督が2年目でチーム戦術が安定してきているチームを崩すのは難しい。 
 今節もダニルソンがサイドに回ったり、西がボランチにいったり、まったくポジションが落ち着かない。後半、藤田のアシストで1点返し、同点に向けての勢いが出たところで、藤田を下げて岡本を入れた。ここでまた勢いが落ちて、逃げ切られてしまった。このポジションの不安定さは、キャンプの失敗、チーム作りの失敗なのだろうか。

 2つ前のエントリーに、「日曜日の甲府戦を結果重視で戦うのか、内容重視で戦うかで、石崎さん(とフロント)の本音がうかがえるはずだ」と書いた。
 
 これの観点で言えば、おそらく今期の昇格は、必ずしも第1目標ではあるまい。

 「たとえ、今期、昇格を逃したとしても、J1に定着できる土台をしっかりと作ってほしい」と石崎監督はフロントから要請されたに違いない。基本的なスタンスは柳下体制と同じだが、あのときに5段階計画という発表をし、直ちに昇格を目指さない育成路線がさまざまな議論を呼んだ。これに懲りて、フロントは本心を隠す術を学んだのだろう。

 石崎さんは3月、4月のスタートダッシュよりも、第2クール、第3クールを見据えたもう少し長い目で見たチーム作り、ひょっとすると今期の昇格がならなくても、もっと将来につながる可能性を見据えてのチーム作りの最中なのだろう。

 そう思って、こちらも構えて応援したい。


post by hm1644

19:59

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明日は甲府戦だ。

2009年03月21日

 
 甲府戦というと、やはり2005年11月23日、J2 第42節。札幌ドームで行われた甲府戦を忘れられない。この試合、ロスタイムに3点を入れられ、逆転負け。甲府の昇格を決定づけた。	

 ロスタイムの逆転劇というと、古い札幌サポならば97年のバルデスの川崎フロンターレに与えた同点弾を思い出すに違いない。おそらく、甲府サポは、98年のこの試合を未だに忘れることのできない札幌サポと同じように、4年前のこの試合を今も語り継いでいることだろう。

 さて、あの屈辱の逆転劇をドームで体験した札幌の選手は、
 ・砂川(先発) ・藤田(控え出場無し) ・西嶋(後半19分) の3人。
 一方、甲府(第2節のメンバーに基づく)は次の二人しかいない。
 ・藤田健(先発) ・阿部謙作(先発)

 ロスタイムの3点のうち2点を決めた須藤泰輔は、甲府の陥落と共にヴィッセルに移籍。残る1点を決めた長谷川太郎は、今やJFLの北九州だ。つくづく時の流れの速さを感じる。

 甲府のサッカーはパスサッカーといわれるが、2005年の当時はパスサッカーというほどの印象は感じなかった。むしろアグレッシブながら、きっちりとボールも繋ぐ、仙台とやった開幕戦の札幌に、実は2005年の甲府を感じたのだった。

 いずれにしろ、こうしたドラマチックな、受けた方としては屈辱的な逆転劇というのは、負けた方も忘れられないもので、川崎フロンターレにはあの後、昨年、室蘭のナビスコで勝つまではまったく勝てなかった。

 札幌も、あの負けをしっかりと胸に刻んで、何度も何度もリベンジをしてほしいものだ。


post by hm1644

23:11

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 石崎監督の選手起用が固定しない。

2009年03月20日

 一昨日はキリノをサイドに回す布陣を練習していたかと思うと、今日の報道では、宮沢と、ダニルソンをサイドで起用。思えば、開幕ではFWもやったことのある西がDFで先発した。

 コンサドーレ札幌の試合を何試合も見ているけれど、こんなにポジションが定まらないのは初めて。もっとも、ポジションに合う選手が見つからない、または調子が出ないので布陣をいじるというよりも、さまざまなポジションを経験させて、長丁場に耐える、多彩な才能を引き出したいのがねらいという。

 J2で昇格をねらおうとすると、スタートダッシュをかけて、早々と昇格圏に達して、あとは樹陰をまもる戦いをするというのがある。三浦さんの時代はまさにこれだった。

 これを成功させるためには、もちろん早い段階での先発メンバーの固定が不可欠だ。ところが、ここに来て大胆なポジションチェンジを行う石崎さんには、どうもスタードダッシュという意識は希薄なようだ。

 一応客商売なのだから、J1昇格と言っておくけれど、フロントも含めて、今期は何が何でも昇格という腹づもりではないのかもしれない。目先の勝利よりも内容とプロセス。これは柳下さんの時代に試みて、さんざん批判されたことだが。

 さて、どうなのか。日曜日の甲府戦を結果重視で戦うのか、内容重視で戦うかで、石崎さん(とフロント)の本音がうかがえるはずだ。


フットサルの国内発祥の地

2009年03月18日

 2カ月も休んでいたんで、多くの人に見切られたかと思っていましたが、再開後、以前と変わらないアクセスをいただいておりまして恐縮です。 ありがとうございます。

 さて、そんなことありまして、前回に札幌大学の話題を紹介しましたので、それに続いて感謝の気持ちをこめて、ちょっとばかり大ネタを。

 今やプロリーグもできようかという勢いのフットサルですが、北海道はフットサルの国内発祥の地であることをご存じですか。

『フットサルの日本への伝播は、1973年に札幌大学で行われたサロンフットボールからといわれる。柴田勗教諭(現・札幌大学名誉教授)が、当時二人のブラジル人留学生とともに、ブラジルのサロンフットボール(Futebol de Salao)の技術や戦術を札幌大学サッカー部のみならず北海道サッカー界に披露し、伝播した。このサロンフットボールは、またたく間に積雪寒冷地の冬季室内サッカー訓練に役立つ室内型競技としての形態を整えていく(柴田勗著、『ブラジルサッカー総覧』、河出書房新社)』
http://www.hit-charivari.com/article/data/p0107.html

 これによると日本で最初のフットサルは、「サロンフット」という名前で、今から35年以上も昔に、札幌大学で行われたのが最初というのです。

 一方、「北海道デジタル図鑑」http://www.hokkaido-jin.jp/zukan/story/05/10.html
によると、

 『フットサルは、1988(昭和63)年に、国際サッカー連盟が世界各地にあったさまざまな室内サッカーを統一してつくられたもので、南米で行われていた「フットボウ・デ・サロン」と、ヨーロッパで行われたインドアサッカーの二つの大きな源流を持ちます。
 このうち南米式室内サッカー「フットボウ・デ・サロン」を研究し、名前を発音しやすいように「サロンフットボール」と変え、日本に広めたのが元札幌大学サッカー部監督の柴田勗(しばた・つとむ)札幌大学名誉教授。1971(昭和46)年のことです。
 この年、岩見沢で全国に先駆けて第一回市内室内サッカー大会が開かれました。その後、サロンフットボールは、カーリングやブルームボールなど並んで、北海道ならではのスポーツ文化として全道に普及しました』

 71年に、やはり柴田先生が、岩見沢で第1回室内サッカー大会を日本で最初に開催したとしています。いずれにしろ、北海道は国内でもっとも早くにフットサルが行われた場所の一つであることは確かなようです。

 ここに出てくる柴田先生は、日本サッカー界の重要人物で、北海道のサッカー界では神様のような人です。柴田先生の影響力から、北海道サッカー協会はユースの国際試合を開催するなど、比較的活発な活動をしています。

 コンサドーレ札幌は、この柴田先生から強い支持をいただいており、今回の池内選手の札大コーチ就任も柴田先生の影響力が感じられますし、北海道スーパーリーグという他府県にはない独自のリーグ構想、そして札大JFL参戦構想にも、コンサドーレに良い刺激を与えてやろうという柴田先生のお気持ちを感じます。(違っていたらゴメンナサイ)

 この柴田先生のおかげで、コンサドーレ札幌は、県レベルのサッカー協会のさらに上の地域ブロックレベルの北海道サッカー協会から独占的な支持を頂いている。宮澤の札幌入団など、道内優秀な才能がコンサドーレに集まりやすくなっているのも、サッカー協会とコンサドーレが良好な関係を保っているからだと思います。

 このことは、これまであまり語られてきませんでしたが、他のJクラブにはあまり見られない、札幌の優位性だと私は思います。


post by hibari

01:06

軽い話題 コメント(3)

頑張れ、札幌大学。

2009年03月16日

 ちょっと遅くなったけど、引退を表明した池内選手が、JFLを目指す札幌大学のコーチに、元札幌の古川さんとともになったそうだ。

 サッカーのピラミッドと言うけれど、北海道では頂点のコンサドーレ札幌が飛び抜けすぎていて、他がまったくついて来れない。一応、JFLを目指す道内の強豪としてノルブリッツがあるけれど、実力差が甚だしい。

 JFLはJ2の下にあるカテゴリーなので、ここを目指そうと思えば、すくなくともコンサドーレのサテライトと、イーブンな戦績を目指したいもの。実際に、コンサドーレは天皇杯の初戦などで、JFLをめざす地域リーグの強豪に結構苦杯をなめさせられている。

 それほどなのに、ノルブリッツは、コンサドーレはサテライトにユースを加え、さらに一人少ないハンディ戦で戦う始末だ。こういうのを見ると、当分、JFL参戦は無理だと思っていた。実際に、地域リーグ決勝大会などでは、毎回、1点を取るのがやっと。

 北海道からJFLに参加するチームなんか現れそうもない、と思っていたところ、今回の札幌大学の発表だ。札幌大学は、かつて天皇杯で強豪の読売クラブを下したこともある強豪。JFLへの参戦権を得る地域リーグ決勝大会に出場するため、池内を選手に迎えて道リーグにも参戦するという。

 ここが本腰を入れたとなると、ノルブリッツだって黙ってはいまい。ノルブリッツのレベルの低さを嘆いたが、こんなノルブリッツでも道リーグでは無敵。リーグ2位のチームは、北海道スーパーリーグでは、高校生にも勝てないていたらくだ。

 高いレベルの競い合いが、ピラミッドの体積を大きくする。それはもちろん、コンサドーレにも良い影響をもたらす。頑張れ、札幌大学。


post by hibari

23:07

日々雑感 コメント(1)

久しぶりの勝利

2009年03月16日

勝利・・・はいつ以来だろう。
自分の目で見たのは、ドームの磐田戦以来。だからほとんど10カ月ぐらい前だ。
そしてロスタイムでの勝利。これは、一昨年、西の事実上のデビュー戦となった、アウェイの愛媛戦以来じゃないか。

それはさておき、今日の試合ぐらいJ2に帰ってきたことを実感した試合はない。

テクはなくても体力ならあると、闇雲なプレスを両チームが続け、どんなにミスをしても、気持ちを落とした方が負けという、実にJ2らしい試合だった。

そんな試合だったけど、ロスタイムで突き放せたのがうれしかった。

鳥栖も昇格を具体的に目指すクラブに成長しながら、セレッソに開幕戦で大敗し、気持ちを切り替えての、ホーム開幕戦。うち以上に“絶対に負けられない戦い”だったはず。

体を張ったタイトなマークで、札幌を上回り、ポゼッションこそ札幌だったけれど、決定的なチャンスは鳥栖の方だった。それでも、最後に勝ち点を持って帰っていくのは札幌。昨年、相手チームに何度も体験させられたことを、お返しできた。試合運びは決して誉められたものじゃなかったけれど、最後にきちんと結果を持って帰る当たりに、<J1のオーラ>があった。

考えれば、昇格した年は、いずれも記憶に残るロスタイムゴールが多かった。
今の札幌は若いだけに、この劇的な逆転劇で、チームも乗ってくるだろう。


名選手の引き際

2009年03月14日

 横浜FCの三浦知良選手が42歳で、Jの青年長ゴール記録を更新したそうだ。三浦知良ことKINGカズは、Jリーグ創生期からのスターで、この年まで現役のレギュラーとして活躍していることはすごいことだ。

 だけど、三浦選手はあまりにも偉大な選手であるので、この選手と契約を結んでしまえば、本人が辞退しない限り、監督の意志とは別なところで、カズをベンチから外すという選択はできないだろうね。今日の得点もPKを譲ってもらってのゴールだったようだ。

 いかに三浦選手が偉大な選手であろうとも、サッカーという動きの激しいスポーツで42歳という年齢では、いろいろと限界があるだろうし、三浦選手がベンチから外せないとなると、選手の組み合わせ、チームの戦術にも、一定の制約が生まれてくるに違いない。

 かつて三浦選手が横浜に入ったときには、それでもカズ効果で、大幅な集客増が見込めたし、横浜FCもJ1昇格という金字塔を打ち立てた。それから3年の年月が経ち、カズも3歳年を取った。

 でも、横浜FCはホーム開幕戦でありながら入場者数5400人強。今日もカズはPKで先制しながらも逆転されて2連敗。。。チーム作りって難しいと思う。

 日本のサッカー史に残る名選選手としてカズがもっとも輝く引退の時は、横浜FCのJ2降格時だったと思うのは私だけだろうか。


post by hibar

22:39

日々雑感 コメント(1)

Jリーグは、秋冬制への移行を断念したという。

2009年03月11日

Jリーグは、秋冬制への移行を断念したという。

それに対して、犬飼日本協会会長は、別組織に検討の場を移すという。犬飼さんが、そこまで秋冬制にこだわる理由がわからない。

ただ鬼武チェアマン、そして犬飼会長の議論を聞いていると、大きな要素が抜け落ちていると感じる。それは、雪国でこれからJを目指そうと思うまちやクラブへの配慮だ。

私が、サッカーというか、Jリーグに惹かれたのは、どんな草チームでも、世界の頂点への門戸が開かれているという開放性だ。私が友達と作った草チームでも、リーグを勝ち抜いていけば、いずれは世界一への挑戦権を得られる。

こんなスポーツは、他にはない。これこそが、サッカーという競技が、他の競技と大きく異なる特質だろう。

ところが、Jリーグが秋冬制を決めてしまうと、雪の降る地域でクラブを作り、Jを目指すのが事実上不可能になってしまう。犬飼会長の話を聞いても、また鬼武チェアマンの話の中にも、今あるJクラブへの利害しかないように思う。

さまざまな優遇措置で、いまあるJクラブが雪害を緩和されればいいのか。けっして、そうではない。日本という国にあるすべての地域、すべてのクラブに対して、世界一への挑戦権は平等である、というのがJの、いやサッカーの理想のはずだ。

そして、このことが、今のこの問題を巡る議論に抜け落ちていることが、とっても残念だ。


post by hibari

00:54

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柳下コンサと三浦コンサを足して2で割った09年

2009年03月10日

20090310-00.jpg
 柳下コンサと三浦コンサを足して2で割ったーーー。  ドームで見た09年開幕戦、石崎コンサドーレの第1印象だ。 人とボールが能動的に動き、アグレッシブにボールを追い詰める姿勢は、柳下コンサを思い起こさせ、4バックによる高いライン取りは三浦コンサからの継承だった。  三上強化部長は、石崎コンサに対して5段階計画の到達点という言い方をしたようだが、確かに、柳下時代に札幌に持ちこまれた能動的な動きと、三浦時代に持ちこまれた組織的な動きが、石崎監督の下で一つに融合しようとしている予感を感じた。  五段階計画の一つのゴールが、J1への定着だったとするならば、リアルにJ1だった昨年のチームよりも、J2である今年のチームの方が定着への可能性をはるかに高く感じる。  確かに三浦コンサは、J2という特殊なリーグに特化し、このリーグを勝ち抜き、昇格するためだけのチームであって、昇格というゴールに達した時点で、役割を終えてしまったチームだった。故に1年での降格は必然だった。  そして昨日、年間4勝という厳しいシーズンの中で、我がチームに不足しているもの、補わなければならないと感じていたものの過半が、開幕戦で表現された。ということから、2万人を集めての開幕戦での敗戦も、さほど落胆はない。むしろ、今年、たとえ昇格できなかったとしても、このチームのまま何年も続けていってほしいと思ったほどだ。  さて、私的にも理想的なチームであったが、だからといって、このチームがこのまますんなりと昇格できるかというと、正直なところ疑わしい。それは引いて守った相手から1点も獲れなかったからだ。  おそらくこれから当たる相手は守りを固めてくるだろう。点を取ろうと前がかりになると逆襲を食らって失点。そして勝ち点を失うという試合が増えそうだ。  J2で昇格しようと思えば、勝ち星よりも負け数を減らすこと。できれば負け数を一桁内に納めることだった。攻撃的なチームで昇格を目指そうと思えば、今以上の攻撃力を身につけ、引いた相手にも攻撃の浴びせ倒しで勝ち星を奪うくらいの強さが必要だ。  それほどの強さがないのに攻撃的に行くと逆襲にあい、勝ち点を伸ばせないまま、このまま攻撃的に行くか、それとも現実的に戦うかの迷いがチームの中に生じて、迷いのスパイラルに陥ってしまう。開幕戦を見る限り、実のところ、フッキのいた柳下コンサ最後の年に似た展開になるのでないか、という予感がする。  こうした懸念を見越してか、石崎さんはアウェイでは現実的に戦うと行っているので、次節でどんな戦いを見せるのかが、注目だ。



post by hm1644

01:06

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2009年シーズン開幕

2009年03月09日

doom1
ひばりです。 また長く休んでしまいました。 一度間をおくと、なかなか復活のタイミングを図れないというか、 この冬は、仕事の上でいろんな事があって、 なかなかブログまで手が回りませんでした。 でも、やっぱりサポですね。 開幕になると、気がつくとスタジアムに。 恒例の人文字写真です。 ps まだまだ大変な状況が続いているので、エントリーはボツボツと再会しますが、 当面、落ちつくまではコメントに対するご返事は差し控えます。ご了承ください。 では、よろしくお願い申し上げます。



post by hm1644

00:07

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