2009年08月03日
若さは、時に心の脆さをともなう。 勢いに乗った時、若さは大きな武器になるが、いったんマインドが悪い方向に転がりはじめると、止めどもなく転がってしまう。 シーズンという大きな流れでも、試合という短い流れの中でも、若いチームはいったん心の調子を崩してしまえば、それを短期間にリカバリーするのは難しい。 今節、優勝街道をひた走るセレッソとアウェイで戦った。第1クール、ホームでのセレッソ戦が、札幌復調の切っ掛けになったとすれば、抱き2クールで、中位に低迷する札幌が、再び上位を覗う切っ掛けをつかむとするならば、この試合だった。 開始早々のキリノの、西のシュートが決まっていいれば、若いチームだけに勢いに乗ったかもしれない。しかし、前半に先制されると、テレビを見ていてもわかるほどマインドを落とし、相手にゲームを預けてしまった。 そんな札幌が後半、少し元気を取り戻したのは高校生の古田の投入が知らされてからだ。おそらく、フィールド上の選手たちは、古田だけにはふがいないところを見られたくないと、奮起したのだろう。しかし、古田の投入の甲斐無く、なんの見せ場もなく無得点で試合を終えてしまった。 札幌とセレッソとの差は、個々の技術はさることながら、攻撃に移った時の思い切り、勢いだ。ここで再三、札幌には攻撃のカタチがないと嘆いて来たけれども、セレッソにも確たるカタチがあるようには見えなかった。 それでも個々の能力に絶対の自信があることが感じられた。ボールを持つと、まずはドリブルで前進する。そこに迷いがない。そして個の力だけでゲームを決定する能力がある。 一方札幌と言えば、せっかくボールを奪っても、ゴールに近づくほど、迷いが膨らみ、前に進む勢いが萎え、相手に守備体系を作られてしまう。せっかくの好位置でボールを保持しても後ろに下げるか、自信なさげに中途半端なパスを出して相手に渡してしまう。 これらは、自信喪失の現れた。もし、札幌の選手が自信に満ちあふれ、若さの勢いを保持していたならば、セレッソとの差は、ほとんどないと信じたい。
プロフィール
コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
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