2007年07月15日
FCソウルとの練習試合が、昨日ありましたね。行けていませんが、 FCソウルってぜんぜん知らなかったですけど、調べてみると、 Kリーグの中堅で、前園もいた安養LGチーターズから改名されたようです。 今、札幌でキャンプ中。ユニは赤黒で、何となく親近感があります。 オフィシャルホームページには、札幌リポートが連載されています。 http://www.fcseoul.com/eng/news/news_view.jsp?seq=148&tcd=news&pg=1
大阪の道産子
韓流赤黒
2007-07-15 13:17
私の会社の経理のおつぼ・・じゃ無く、お姉さま(絶対このブログは見てないハズですが念のため・・私より少し歳上、洞爺丸台風の年生まれ)は超×10000韓流スターファン(アン・ジェウク命・・・こないだ札幌厚生年金をはじめ全国コンサートツアーに年休取って同行してました)でソウル線を国内線の様に搭乗しとります。(年下のだんな様は諦観してます、悟りの境地?) 第一節のサンガ戦に出陣する為、会社で土曜の昼過ぎにコンサスタイルに上着を着込んだ、ちょうどその時、会社に荷物を取りに来た、ソウルに向うお姉様とバッタリ!私の首にはコンサタオル♪ お姉「シーさんもソウルに行くの???」 オオドサ「なんでやねん?これから西京極でサッカー開幕戦」 お姉「それってKリーグのソウルのチームと同じやん!パクリちゃう?」 オオドサ「・・・・」(反論すると後が怖い) お姉様はソウルのアン・ジェウクのファンクラブの方々と交流を持ってますが、彼女達から帰国のお土産に2002年W杯の余った赤Tシャツをたくさんもらったそうです。(ありがたく雑巾にしているようです) こちらも軽い話題です♪ でも今夜のアビスパvsベガルタは両チームともに重い試合で必死でしょうね、取り残されないために。
hibari
Re:FCソウル
2007-07-15 15:30
オオドサさんは、普段はやっぱり大阪弁? ナマラとか、シタッケとか、タクランケとか、ハンカクサイとか、使いませんよね。 ある人が言っていたんですけど、「北海道の人は、どの土地に行っても、その土地の言葉に馴染むのが早い」んだそうですけど、そうなんでしょうか。 ついでに言うと、北海道の人は方言意識がないので、ゴミをナゲル、手袋をハクは、普通に標準語だと思っているので、公の場でも行ってしまうとか。 だいぶ以前にNHKのスポーツ番組を見ていて、局アナの人が「疲れた」の意味で「コワカッタでしょうね」と発言。そして相方の男のアナが「コワカッタ!?」と言って振りかえったところで、突然切り替わってしまいました。ああ、あの人は北海道の人なんだな、と思いました。 それはさておき、札幌の赤黒は、前身の東芝時代からだから(東芝のコーポレイトカラーのようで、東芝の屋外看板を見ると赤黒のラインが必ず入っています)、FCソウルより先じゃないかと。まぁ、どっちにしろ、ミランが本家ですけど。
大阪の道産子
なまらは恥ずかしくて使えないっしょッ
2007-07-15 16:26
>どの土地に行っても、その土地の言葉に馴染むのが早い」んだそうですけど、そうなんでしょうか。 正解です。明治時代にあちこちから食詰めた最底辺の入植者の子孫は全国に再拡範し易いのです。 北海道弁は元々開拓民が学が無いので仮定形が命令形になる・・ 「あんたまた来い!」がもともと 「あんたまたコイバいいしょネ」の略だったように内地の人から感じ悪く思われる事も度々ですので北海道観光に行く人にはレクチャーしています。 方言意識の無いのは大阪がスゴイです!だからいつまでたっても京都人からバカにされるのです。こちらに来て、京都・大阪・神戸の言葉がこれほど違うと思ってませんでした!
EBT
Re:FCソウル
2007-07-15 22:24
実は妹が大の韓スター好きで、韓国にも何回か行っています。宮の沢で昨日FCソウルとの練習試合を見てきました。本来おうるずで徳島戦のスカパー中継を見るのがメインでしたが、台風で延期の為こちらがメインになりました。流石は元の安養LGで元仙台のキム・ウンジュンやブラジル人選手なども出てして、コンサのサテライトとは1―4のスコア以上の力の差を感じました。サテライトではなくトップと戦っているところ見たかったですね。いつも10対11で戦って大勝できるレベルの相手と試合してもコンサにはメリットあまり無いので、このレベルの相手と定期的に練習試合できれば、かなり戦力の底上げになるのでしょうが、北海道の地理的な宿命でしょう。ちなみに赤と黒のアディダスジャージを着てベンチに座っていたFCソウルのコーチの中に、かってのコンサの天敵チェ・ヨンスがいて選手以上に注目されていました。そう言えばFCソウルの2点目はミドルシュートがバーに当たった跳ね返りをFWがヘディングで押し込んだものでチェ・ヨンスが、しばしば決めていたゴールのようでした。練習試合が終わってから、すいか隊しましたが普段あまり見掛けない白い小さな物が、あちこちに落ちていたのですが、どうやらFCソウルの選手達が噛んで捨てていったガムのようでした。自分達が持ってきた公式球も忘れて帰りそうでしたし日本人と似た顔していても、やはり違うものだなと思いました。
EBT
Re:FCソウル
2007-07-15 22:39
私も仕事の関係で横浜、仙台、愛知と移り住みましたが、北海道弁あまり出なかったですが、その土地の言葉さほど話もしませんでした。唯一語尾に「~じゃん」と付けるのは「~べや」より多用しますね(w そういうものですから転勤で横浜から仙台に行った当初は東京の人間と思われてました。そんな私でも関西に住んだら関西弁になるかも知れないと思うくらい、あそこは違う世界と感じます。
hibari
Re:FCソウル
2007-07-15 23:04
もう一つ、サッカーと関係のない話ですが、オオドサさんのコメントにもある「道民は食詰めた最底辺の入植者の子孫」というのは、2CHあたりで道民を蔑視するときなんかにも出てくるイメージですが、私、一時、少し詳しく、調べたというか、研究したことがあって、言えるんですけど、 北海道民の先祖は、富農、中農の2男、3男が主体で、いわゆる「食詰めた最底辺」の人は北海道に渡ってきていないんです。 理由は簡単で、北海道に原野開拓に入る。作物ができて食糧が確保できるようになるには、早くとも2~3年かかる。だから、2~3年の生活費を事前に準備できる家でないと、入植が許可されなかったんです。開拓使の募集要項にそうあります。 2~3年の生活費ですから、今のお金に直せば1000万単位の金額になりますよね。こうしたまとまったお金を出せる豊かな農家の2男、3男が北海道に渡りました。旅費の負担を考えても当時は渡るだけでも何日もかかる異国でしたから、いわゆる食詰めた者は、北海道に渡ることもできなかったと思いますよ。 ということで、北海道民は、食いつぶし者の、負け組の子孫ではありません。むしろ、中産階級の出身で、開拓という困難に打ち勝った勝ち組の子孫なんです。まぁ、だからどうした、というわけではありませんけど。 それでも、道民が全国的に食い詰め者の子孫と思われているのは間違いないんですが、それは大正期から昭和初期に盛り上がった、プロレタリア文学の悪い影響、はっきり言えば、小林多喜二がそうしたイメージを広めたんですね。もちろん、それだけじゃありませんが、長くなるのでこの辺で。
大阪の道産子
ニュージーランドと北海道
2007-07-16 00:29
ひばりさま、申しわけありませんでした。以下のように訂正します。 明治時代にあちこちから食詰めた最底辺の入植者の子孫は→明治時代に北海道で錦の旗をあげようとあちこちからやってきた入植者の子孫は 関西では小林多喜二もそうですが、水害で農地を失った奈良県十津川村の困窮した農民の集団移植の話があまりに有名で、北海道移植イコール困窮した農民と言う図式が成立してます。ただ十津川村のケースでもキチンとした行政に依る移住計画の基で実行されたもので残る者と移住する者はバランス良く振り分けたそうです。 これからは北海道出身者として気をつけますので許してネ♪ ニュージーランド人が一番腹立足たしく感じるのは、世界中の多くの人がオーストラリア同様に「流刑地」 と思っていることです。彼らは誇り高い選ばれた開拓民の子孫で罪人の子孫では無い!って。 オーストラリア人も同様に「罪人はごく一部で大半は極普通の農民」ッて・・でも僕は知ってます豪ドルの肖像画に罪人の子孫が・・・・
大阪の道産子
お詫びと訂正
2007-07-16 00:59
すいません以下のように訂正させて下さい。(おわびと訂正が多いのは私の番組といっしょ・・・反省) 豪ドルの肖像画に罪人の子孫が→豪ドルの肖像画に入植した罪人が・・・(英国での政治犯で本人は良い人です♪)
コドサ
Re:FCソウル
2007-07-16 08:12
はじめまして。オオドサの書き込みに何度も登場する弟です。いつも兄が暴走して申し訳ありません。兄の書き込みは誇張や脚色が多いので、相当割り引いて読み飛ばして、いや、読まずに飛ばして下さい。 一緒にボルドーやバルセロナへは行きましたし、ボルドーサポと一緒にわいわいTV観戦したのは事実ですが、それ以外は誇張があるので突っ込まないで下さいね笑 あまり調子に乗ると嫌われるので注意してよ>オオドサ 開拓の話ですが、明治初期は農民の移住はなく、士族中心だったはずです。(リンク参照) 明治維新で失業し、困窮した武士はもちろん、会津の士族は強制的に余市・仁木に移住させられましたね。 http://www.asahi-net.or.jp/~xj6t-tkd/tonden/rep/rep3.pdf負け組というイメージがあるとしたら、ここから来たのかも知れませんね。 チョ・ヨンス、なつかしいですね。04年10月の厚別で見ました。このときはチョが前に出過ぎて、やたらオフサイドでスコアレスドローですみましたが、怖い選手でしたね。 改行の要領がわからなくてみずらかったら申し訳ありません。
hibari
Re:FCソウル
2007-07-16 10:02
オオドサさん、コドサさん。 あ、まったく気にしていませんで、さぁ、頭を上げてください。 北海道の云々は、北海道に対して偏見をいだいている一部の 都府県人(2chなんかに、稀に出現する輩)を対象にした 書き込みで、決して、オオドサンを正すようなものではあり ませんよ しょせん、ネットの、たわいないブログの書き込みじゃないですか。 私がはじめたのも、パチンコやるよりも、若干、健全かな、という程度ですから、みなさまの、暇つぶしのお役に立てればそれで良し、 という手合いのものなので、軽く、おつきあいください。 今後とも、よろしくお願い申し上げます。
藤崎
Re:FCソウル
2008-01-12 00:00
とても面白く拝見させていただきました。 私は札幌出身で上京して10年位になりますが、 何かともともとは地方出身なのに東京人になったつもりの人たちに、北海道ネタでバカにされる事が多かったので、元気になりました。 自分でも北海道の歴史を学んでみようと思います。
hibari
Re:FCソウル
2008-01-13 00:42
藤崎さん ごらんいただき、ありがとうございます。 もったいないお言葉をいただき、恐縮しております。 今後ともよろしくお願います。
プロフィール
コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
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