2010年11月25日
道警のブースで ほくとくんとドーレくん、そして古田選手と記念撮影をしたわが子たち。 テレビカメラが来ていたので、 「いつ放送するんですか?」ときいてみた。 「今日の夕方のニュースです」との返事に 「観られないですね」。 すぐさま仕事中の嫁に電話して 録画するように指示を出した。 残念ながらわが子たちは映っていなかったけれど、 記念撮影のときに近くにいたカッコイイ刑事さんが映っていた。 「ごくせん」に出てくる教頭先生のような刑事さん。 今日ネットで調べてみたら、 「リーゼント刑事」というあだ名で有名なお方らしい。 本当にかっこよかった。 勇気を出して、 「写真を撮らせてください」と言えばよかった!
2010年11月24日
きのうの徳島戦。 試合が始まる前に「今日は勝ちだな」と感じました。 毎試合アウエー側の席から相手チームのアップのようすを見ているとなんとなくわかります。 逆に「今日はまずいかも」もあります。 アップの段階からものすごい声を出していた厚別最終戦の草津。 イヤな予感は的中してしまいました。 サッカー経験者の勘というものなのでしょうか。
きょうのタイトルは 現役時代、試合に負けるたびに監督に言われた言葉です。
2010年11月23日
握手会で、わが先輩に力強く握られた右手の感触。 得点後、近くの席にいた見ず知らずの人と左手で交わしたハイタッチ。 家に帰ってきてもなお両手に感覚が残っている。 まさに総力戦、という感じだったけど本当にいいゲームでした。
鶴も折れない親子のために、3羽も折ってくださった心優しきおば様。 「この鶴持って、握手しておいで。」 とてもうれしかったです。 この場で重ねてお礼申し上げます。 ありがとうございました。
2010年11月22日
あすの徳島戦に向けて、 ドーム限定の願掛けをしております。 中身はたいしたことではないのですが いままでのところ勝率100%。 あすの勝ち点3をいまから楽しみにしています。
2010年11月11日
元祖サッカーのまちは藤枝だけど、(←ゴメンナサイ。これは譲れません…。) 元祖「北のサッカーのまち」は室蘭だと思っている。 6月の函館遠征の帰り、高速を降りて室蘭市内の某銭湯に寄った。 赤黒のシャツを着ているわが小僧を見たおばちゃんが 「今日の試合どうだった?」と聞いてきた。 札幌でもなかなか聞かれることはない。 まして私が暮らす街では絶対に聞かれることはない。 高校時代に嗅いだことのあるのと同じにおいを室蘭に感じた。 室蘭と言えば室蘭大谷高校。 室蘭大谷を語らずして北海道の高校サッカ-を語ることはできないだろう。 冬の全国高校サッカー選手権、 記憶に残っている北海道代表は常に室蘭大谷だった。 毎年予選を勝ち進んで全国大会に出てくることが、幼ごころにとても不気味だった。 だが、不思議なことに室蘭大谷が選手権で静岡代表と対戦することはなかった。 北海道に住むようになって、室蘭大谷以外にも強豪校がいくつかあることを知った。 でも、心の中で毎年室蘭大谷を応援している自分がいた。 3年前、年代別日本代表に選出された宮澤選手を擁した室蘭大谷は 選手権の北海道代表となった。 全国大会の組み合わせを見た私は、お互いに勝ち上がれば 2回戦でわが母校藤枝東と対戦することにすぐに気が付いた。 「必ず勝って、2回戦であたってほしい」 私の願いは叶った。 2008年1月2日、横浜三ツ沢球技場。 藤枝を応援する誰もが楽勝を予想していたが、 私はもしかするとここで…という緊張感を持っていた。 試合は室蘭大谷のキャプテン宮澤を完全に封じ込めた藤枝東が、 4-1で勝利を収めた。 だが、注目すべきはこの試合で室蘭大谷が挙げた1点である。 実はこの1点、 選手権で北海道代表が静岡代表を相手に初めて奪った得点なのであった。 結果として試合に敗れはしたものの、 北海道代表として新たな歴史を刻んだ室蘭大谷。 藤枝東の卒業生としては複雑だったが、 北海道に暮らす者としては誇らしい気持ちになった。 そしてこのときから、私は親しみを込めて「ランタ」と呼ぶようになった。 翌年、藤枝東は連続で選手権に出場したが ランタは代表になれなかった。 去年は2校とも代表になれなかった。 藤枝もランタもいない全国大会には正直興味がなかった。 今年はランタが早々に北海道代表として 3年ぶりの全国に名のりをあげた。 一方、わが母校藤枝東は県大会ベスト8で敗退した。 今年の選手権は、北海道代表のランタを応援しようと思う。 長い選手権の歴史で、 唯一静岡代表のわが母校から1点をもぎ取ったよきライバルのランタを。
2010年11月09日
千葉戦は久しぶりに妻もスタジアムに足を運んだ。 仕事が忙しくて、なかなか生観戦はできない。 いつも「俺が子守りするからいいよ」 なんて言いながら子どもたちを連れてスタジアムに向かっているのである。 「今日の相手、何色?」 「黄色だよ。」 「わかった。黄色っぽい服はやめる。」 赤黒のレプリカを着る勇気はまだないみたいだけど、 一応気にしてくれているようで少しうれしかった。 いつのことだったか なんとかこっち側にに引き込もうと、 ファンクラブのチケットホルダーを買ってきて、 宮の沢でお気に入りの選手のサインをもらってきてプレゼントした。 妻のお気に入りは宮澤選手。 ドームの最前列に座った妻の目の前で宮澤選手が決勝ゴール決めた。 目の前で決まった得点に妻は少し興奮しているようだった。 「今日は勝ってよかった。それから宮澤クンも。」 久しぶりに家族全員で観戦した試合に勝って本当によかった。 次はいつ観に行けるかな?なんてことばかり考えているサッカーバカの夫のことを 果たして妻はどう思っているのだろう?
2010年11月08日
何を隠そうこの私、 J初観戦はリーグ発足前の1992年に西京極で観た ガンバ大阪-ジェフユナイテッド市原戦である。 あれから長いこと時間が経った。 きのう、 愛するクラブの 世界最高のスタジアムで 黄色いユニフォームを見たとき、 一瞬あのころにタイムスリップしたかのような感覚に陥った。
先行入場で南ゲートから入場し、最前列の席を確保。 こどもとともにドーレくんに会いに行く。 今回のサイン入りカードはすごかった! たしかに「趣味」として公表されてはいるけれど、本当にやっちゃいますか! 腹ごしらえをしようとスタジアム内を歩く。 うどん好きの小僧に、藤山選手オススメの「白だしうどん」を注文。 あったかを通り超えて、少しこどもには熱かったかな? それでもおいしくいただきました。 席に戻り、試合開始を待つ。 周りには「黄色い人たち」の姿もチラホラ。 試合中は「完全アウエー状態」であることもお構いなしに大きな声で叫んでおられました。 試合は終始千葉ペース。 遠目からでも積極的にゴールを狙い、シュートで終わる。 そんなシュートの雨を高原選手がスーパーセーブでことごとく止める。 あれ?この展開、どこかで…?いつもの札幌と同じではないか! あれだけシュートを放っておきながら点を取れないということは…? 後半42分、左サイド砂川選手からのクロスが上がった瞬間、 もう立ち上がっていた。 真ん中で宮澤選手が頭で合わせゴール! 7月25日の横浜戦以来、3ヶ月ぶりに生で観た得点シーンだった。 周りにいる千葉サポに聞こえるように大きな声で叫んでやった。 厚別開幕戦の富山戦以来、本当に久しぶりの勝利だった。 こんなにうれしい勝利は初めてじゃないだろうか。 帰る道すがら、何度も何度も「やった」とつぶやいては拳を握っている自分がいた。
2010年11月07日
富山戦以来のホームゲーム勝利と 横浜戦以来のゴールを この目でしっかりと見てきました。
得点は目の前で。 クロスが上がった瞬間、決まったと思いました。
ドームの雰囲気も最高でした。
2007年の最終戦を思い出しました。
2010年11月06日
ほぼ毎試合ホームゲームに連行され、 スタジアムでサッカーバカ英才教育を施されているわが家のこども2人。 あすもドームでコンサドーレのシャワーをたっぷり浴びせてやろう。 最近、ピッチ練習時にチャントが始まると眠ってしまうわが娘。 まさにチャントが子守歌代わりなのだ。 しかも、試合開始前になるとパッと目を覚ますのである。 いっぽうの小僧。 厚別最終戦となった草津戦では、コンサドーレ必勝弁当を食べながら チャントが流れてくるとしっかり足でリズムを取っていた。 長かった…。 ようやくここまで来た。 『サッカーバカは一日にしてならず』 などと思っていたら、衝撃の事件が。 先日、小僧が風呂場で「ギャオー!」といいながら 何度も何度も浴槽に飛び込んでいた。 「ギャオー」ってなにさ?と聞いてみると 「オートレースだよ」という返事。 飯塚オートの実況がおもしろいので何度もネットで観ていた。 小僧はそれを覚えてしまっていたのである。 しかも、1番車から8番車までの色をきちんと覚え、 さらに「勝つのは浦田」なんてことまで言っていたのである。 「子は親を映す鏡」というけれど、 完全に教育を間違えた私。 本当に恥ずかしい。 遅ればせながら、小僧の再教育に取り組んでいく所存でゴザイマス。
プロフィール
NAME:PA AGE:AROUND40 BORN IN SHIZUOKA LIVE IN HOKKAIDO
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