2006年09月08日
先日、第3子を出産した方が、臍帯血(さいたいけつ)の提供を申し出ていたそうだ。 臍帯血とは、お母さんと赤ちゃんを結んでいる臍の緒(へそのお)と胎盤に含まれる血液のこと。 以前は不要物として処分されていたが、 血液を作る細胞が多く含まれていることから、白血病などの患者さんの治療のため、 移植に使われるようになった。 テルモのテレビCMで、出産に望むお母さんのセリフ 「私の臍帯血、使ってくださいね」 でご存知の方も多いのでは? 臍帯血は半永久的に冷凍保存できるので、 適合した患者さんが見つかれば、いつでも移植ができる。 同様なものに骨髄移植があるのだが、 正直言って、骨髄採取はドナーの身体的時間的な負担が大きい。 骨髄バンクに登録している自分ではあるが、 できることなら臍帯血の提供と移植がもっと普及するようになればと思う。 但し、臍帯血を採取できる病院が限られていることと、 移植に使える量が少ないことから、今後も骨髄移植の必要性は続くだろう。 今回のことがきっかけとなって、 臍帯血の提供が増え、 少しでも多くの患者さんを救えるようになればと願う。 子供を産むと同時に、誰かの命を救えるのってすごいことではないですか? 生まれてきた子が大きくなったら、 「あなたは誰かの命を救ったのかもしれないのよ」 と伝えられるのだから。 日本さい帯血バンクネットワーク
2006年09月05日
皆さんは、骨髄バンクをご存知だろうか。 血液難病の患者さんに、健康な人の骨髄を移植するために作られた組織だ。 映画「半落ち」で、ご存知の方も多いと思う。 昨年は、サッカー日本代表の本キャプテンの井原正巳氏がCM出演していた。 (今年は、故本田美奈子さん) 自分は、ここにドナー登録をしており、昨年、ドナー候補に選ばれた。 そのときの体験を、このブログに記録したのだが、 残念ながら、そのときは「候補」止まりで終わったため、骨髄を提供できなかった。 (ドナー候補は、1人の患者さんに5人まで選ばれるので、多分、最も条件の良い人が提供したのだろう) 今年に入ってから、再びドナー候補に選ばれ、4月に確認検査を受けたのだが、 このときも「候補」止まりだった。 そして、6月。 三度目のチャンスが訪れた。 とは言っても、ほんの2ヶ月前に検査を受けたばかりなので、改めて検査を受ける必要もない。 ひたすら、連絡を待つだけ。 「候補」で終わるのか、「候補」の文字が外れるのか。 先々週、サテライトの練習試合(vs道都大学)を見ている最中に、その連絡が来た。 …また「候補」止まりだった。 【ご参考】 今年、5/17に札幌ドームで開催された鳥栖戦では、骨髄バンクのパンフレットが配布されました。 興味のある方は、骨髄バンクやドナーの輪、ドナーズネットをご覧下さい。 ※ 決して回し者ではありませんよ!
2006年05月20日
コンサドーレ札幌オフィシャルHPにも掲載されていたが、彩花ちゃんが亡くなった。 彩花ちゃんを救おうと、クラブチームの垣根を越えてサッカー関係者やサポーターたちから多くの支援が寄せられていた。 昨年、コンサの試合会場でも、コンサドーレ札幌選手会が「あやかちゃんを救う会」の募金活動に協力した。 その時は、自分も些少ながら募金に応じ、当ブログにもSAVE!AYAKAとリンクを張った。 残念ながら多くの人達の願いも虚しく、彩花ちゃんは幼い命の灯を消してしまった。 ご両親のお気持ちを思うと、お気の毒でならない。 彩花ちゃんのご冥福をお祈りします。
さて、彩花ちゃんのことは本当にお気の毒なのだがが、まだ続きがある。 あなたにも救えるかもしれない命があるのだ。 前節、鳥栖戦でこのような(→)パンフレットが配られたのを覚えていらっしゃるだろうか? 「Gift of Life(ギフト オブ ライフ)」と題した日本骨髄バンクのパンフレットである。 白血病や再生不良性貧血などで、命を落とす方はまだ多い。 有名な方では、格闘家のアンディ・フグさん、最近では本田美奈子さんが記憶に新しい。 これらの病気は、骨髄移植が有力な治療法のひとつであるが、 骨髄提供者(ドナー)が、まだまだ足りない。 あなたは、直接、誰かの命を救えるかもしれない。 興味を持った方は、どうぞパンフレットを見直していただけますでしょうか。 え?もうとっくにゴミ箱行き!? では、リンクを貼っておきますので、ご一読を。
2006年03月17日
今年1月から2月にかけて連載した「骨髄ドナー体験記」を、 「骨髄バンク ドナーの環~骨髄提供者の記録~」というHPに投稿したところ、 この度、採用されて、HPに掲載していただけた。 こちらのHPは、骨髄バンクに興味を持った方に参考にしていただくため、 骨髄提供された方の体験記が、多数掲載されている貴重なサイトである。 …自分は、ドナー「候補」止まりで、実際には提供していないのですが。 当初、体験記を書き始めたのは、 コンササポに、骨髄バンクについて知るきっかけにして欲しかったから。 一人でも多くの方に登録していただければ、助かる命も増えるから。 でも、もうひとつ。 骨髄提供に興味を持つ方に、コンササポの中にも、このようなことをしているということを知って欲しかったから。 ブログに掲載することで、自分以外にも、 コンササポの中に、骨髄提供した方やドナー登録をしている方がいらっしゃることが分かったのは、大きな収穫だった。 また、ドナー候補となる機会があれば、後日、その様子をここで掲載したいと思う。 取り敢えず、ご報告。
2006年02月28日
前回で最後…と言いつつ、骨髄ドナー候補体験記の「おまけ」。 久しぶりに実家に帰ったある日の出来事。 実家の茶の間で、買ったばかりの小説を、本屋のブックカバーを付けたままで読んでいた。 半落ち 映画化されたので、ご存知の方も多いだろう。 この小説の中には、骨髄移植が効果的に扱われている。 その小説を丁度読み終わったところで、父が珍しく、 「この本、読んでみるか?」 と、本屋のブックカバーを付けたままの本を差し出した。 カバーをめくると、そこには… 半落ち …何も言わずに、ありがたく頂戴しましたよ。 多分、骨髄移植について扱われてるので、ドナー候補を体験した私にも読ませたいと思ったのでしょう。 普段は無口な父が、とても可愛く思えた。 ありがとう。 面と向かっては言えませんが(笑) <完>
※ これはシリーズものとして書きました。宜しければ、初回からお読み下さい。
2006年02月24日
今回で、骨髄ドナー候補体験記は最終回です。 ドナー候補に選ばれたことは、私にとってある種の転機になったようだ。 だからこそ、ここまで長々と記録してきたのだが、 最後にもうひとつだけ、記しておきたいことがある。
骨髄提供について相談した人達は、皆一様にとても心配してくれた。 私は自分の信じることをしていたので、不安は感じなかったが、 その分、周囲の人々がまるで自分のことのように心配してくれた。 ありがとうございました。 しかし一人だけ、私を信じて無条件に賛成してくれた人がいた。 …とても嬉しかった。 ありがとう。 そして、この機会を与えてくれた患者さんへ。 あなたが、一日でも早く健康を回復することを、心よりお祈り申し上げます。 本当に、ありがとうございました。
※ もし興味を持って下さいましたら、日本骨髄バンク、骨髄バンクドナーの輪、[[ドナーズネット| http://www.donorsnet.jp/]]をご覧下さい。 05年夏には、元日本代表キャプテン井原正巳氏がCM出演。 宜しければ、このシリーズを初回からお読み下さい。
2006年02月21日
05年の夏から、骨髄バンクのCMに元サッカー日本代表の井原正巳氏が出演している。 公共広告機構(AC)のキャンペーンである。 「メンバーが、足りない」 とは、このキャンペーンで採用されているメーンタイトルである。 ご覧になった方もいらっしゃるだろう。 骨髄バンクでは、ドナー登録者30万人を目指している。 30万人の登録者がいれば、移植希望者のほぼ100%がドナー候補を見つけることができる。 しかし、現在の登録者は、約23万人。 しかも、移植希望者の約80%がドナー候補者を見つけることはできているが、実際に移植まで進むのは約35%にとどまっている。 ドナーの安全や健康を最優先するためだ。 骨髄移植を希望している患者さんは、全国にまだ3千人近くもいらっしゃる。 ドナー登録者がもっと増えれば、移植を受けられる患者さんは、もっと増える。 骨髄提供は、善意の行動である。 確率はかなり低いとはいえ、事故が絶対に起こらないとは言い切れない。 だから、決して無理強いはしない。 でも、やはり、私はこう言いたい。 「メンバーが、足りない」
※ もし興味を持って下さいましたら、日本骨髄バンク、骨髄バンクドナーの輪、ドナーズネットをご覧下さい。 初回から読みたい方は、こちらへどうぞ。
2006年02月17日
数日後、正式な文書で、骨髄移植のドナーに選ばれなかったとの書類が来た。 既に電話連絡を受けていたので、気落ちすることはなかった。 あっけないものだ。 患者さんのことが気に掛かるが、私よりも条件の良いドナーが見つかったと信じるしかない。 早く良くなって欲しい、心からそう願う。 夏季休暇に久しぶりに札幌で献血してきた。 ドナー候補に選ばれている間は、献血を控えるように言われていたので、久しぶりだ。 札幌駅からすぐそばのアスティ45の7階にある献血ルーム。 予め成分献血の予約をしておいたので、すぐに献血できた。 献血中は、TVを見たり、雑誌を読んだり、ジュースを飲んだり、くつろいだ雰囲気で過せる。
献血ルームで、もうひとつの目的だった「臓器提供意志表示カード」を貰った。 以前から興味があったが、自分はまだ持っていなかった。 これを機会に、自分が脳死になったら臓器提供することを意志表示しようと思ったのだ。 いや、このカードを使う機会なんてものは、来て欲しくないんだけどね。 でも、この世の中、自分がいつどうなるかなんて、分からないし、 いつどこの誰にどんな風にお世話になるかなんて、分からないからね。 このカードを使うとき、家族にはとても辛い思いをさせることになるんだけど、 誰かが誰かのために、役に立てるってことは、とても良いことだと思うんですよ。 ただ灰になってしまうのではなく、誰かの命を助けられるってのは、 とても素晴らしいことだと思うんですよ。 だから、もし万が一の時は、反対しないで下さいね。 この時の献血で丁度50回目に達したので、記念の杯を貰った。 今、棚に飾っている。 色んな思い出と共に…。
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2006年02月14日
骨髄バンクから、検査結果の電話連絡が来た。 それは、コンサドーレ札幌の試合の真っ最中だった。 平日ナイター、横浜FC戦(札幌ドーム) キング・カズこと三浦知良が移籍したばかりで、彼目当てに2万人を越える観客が入っていた。 試合開始草々に先制したものの、前半終了間際に追いつかれ、嫌なムードで折り返す。 後半20分過ぎに、その電話は来た。
「骨髄バンクのコーディネータのTです」 ホームゴール裏の熱烈サポーター席で応援していたため、周囲の喚声で殆ど電話の声が聞き取れない。 慌てて観客席の階段を駆け上がり、2階コンコースに移動する。 もう一度、電話の声に耳を傾ける。 「残念ですけど、患者さんの都合によりコーディネートが終了しました」 …私は、ドナーには選ばれなかったのだ。 力が抜けた。 思わず、冷たい床に座り込んでしまった。 患者さんの都合? …もしかして容態が急変して移植が受けられなくなったのか!? 嫌な想像が頭の中をよぎる。 でも、骨髄バンクには守秘義務があり、患者さんの情報を一切教えてくれないので、知る術はない。 しばらく座り込んでいたが、ようやく、気を取り直し、ゴール裏に戻る。 患者さんのことを気にしても、今の私にはどうすることもできない。 私の他に、もっと条件の良いドナーが見つかったと、信じるしかない。 今現在の私にできることは、自分が応援しているチームの勝利を信じて応援すること。 しかし、懸命に応援したものの、結局、逆転されて1‐2で敗戦。 試合後、札幌ドーム周辺は激しく雷が鳴り響き、土砂降りになっていた。
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2006年02月03日
骨髄バンクに登録している人は、日本国内に約23万人いる。 一方、提供を希望している患者さんは3千人弱。 しかし、HLA(白血球の型)が一致する人は、数百人から数万人に一人の割合でしかない。 ここ数年は、年間千件近くの骨髄移植が行われているが、 移植まで進めた患者さんは、約35%しかいないのだ。 しかし、本当はもっとたくさん行えたかもしれないのだ。 HLAが一致したにも関わらず、心ならずも提供出来なかったドナー候補は意外と多い。 若いドナー候補の場合、大抵、親が反対する。 親が同意しても、一人暮らしで不摂生していることが多く、健康診断で引っかかる。 働き盛りの年代は、仕事が忙しくて休めない。 仕事を休める余裕が出てきた管理職は、既に成人病になっている。 誰かを救いたいと願う人は、その環境を整えられず、 人を救える環境にある人は、家族の反対にあったり、健康に問題を抱えてしまっている。 さて、私の場合は…? 理解ある親を持ったおかげで、家族の同意を得られた。 理解ある上司を持ったおかげで、何とか仕事の都合も付けられそうだ。 後は、自分の健康だけか。 確認検査の結果が待ち遠しい。
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2006年01月31日
骨髄バンクからドナー候補になったと連絡が来た当初、私は 「絶対、提供したい!」 と強く思ったものだ(単純お馬鹿だから) しかし、ここに来てちょっと心境の変化が出てきた。
「患者さんにとって、より良い条件の骨髄移植であって欲しい」 「他に条件の良いドナーがいれば、そちらから提供された方が良い」 …ま、言うまでもないことなんですが。 とにかく、数百人~数万人に一人という確率でHLA(白血球の型)が適合したという、 「あなた」に元気になって欲しい。 今なら、素直にそう思う。 でも、できることなら、 そのお手伝いをさせて貰えるのが私であったなら、もっと嬉しいのだけど。 余談だが、白血球の型が一致しても、必ずしも血液型も一緒という訳ではないそうだ。 (前処理が必要になるので、できれば移植は同じ血液型の方が望ましい) しかし、移植を受けた患者さんは、ドナーと全く同じ血液型になってしまう。 何故なら、血液を作る骨髄を移植するのだから。 この世に自分と全く同じ血液型の人…。 ちょっと不思議な気もする。
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2006年01月27日
骨髄提供について、何人かの友人に相談してみたが、 その時に、彼らが一様に心配するのは、骨髄提供に伴う危険性である。 コーディネーターさんや担当医師は、危険性について充分説明してくれた。 骨髄液の採取は、ドナーに全身麻酔をした上で、 皮膚の上から骨盤あたりに注射針を刺して吸引する。 (決して、「脊髄」を削る訳ではない。←以外と勘違いしてる人がいるらしい) 全身麻酔をしなければならないこともあり、やはり「絶対安全」とは言い難い。 しかし、本当に皆が心配するほど危険なのか?
骨髄バンクが平成4年に設立されてから、平成16年度までの移植事例が6,339件。 平成16度だけでは、832件。 骨髄バンクでは、ドナーに万一のことがあった場合のために団体障害保険に加入しているが、 保険が適用されるような症状が出た例は、これまでにたったの64件。 つまり、確率にしてわずかに1%。 しかも、症状の多くは数日間で収まる一過性のものであり、 日常生活に支障のでる後遺症が残った事例は、まだない。 事故事例が増えたのは、単純に、移植事例がここ数年で急激に増えているからだ。 一方、私達が何気なく日常生活を送っていても、 何らかの事故に遭遇する可能性は常に付きまとっている。 そんなことを考えると、 「全く危険が無い訳ではないが、滅多に起こらないレベル」 と私は考える。 もし事故に会ったら…という心構えは、当然しておかなければならないが、 必要以上におそれることはない。 勿論、不安に思う人の気持ちを否定するつもりはない。 日本では、まだインフォームドコンセント(説明と同意)は馴染みが薄いが、 骨髄移植では完全に導入されている。 情報公開されているが故に、良くない事例も全て公開される。 だから、ついつい危険性ばかりに目が行ってしまい、必要以上に不安を感じてしまうのかもしれない。 ホントは、そんなに心配するほどのことではないですよ~ と、皆様にお伝えしたい。
※ もし興味を持って下さいましたら、日本骨髄バンク、骨髄バンクドナーの輪、ドナーズネットをご覧下さい。 05年夏には、元日本代表キャプテン井原正巳氏がCM出演していた。 初回から読みたい方は、こちらへどうぞ。
2006年01月24日
骨髄提供のドナー候補となり、確認検査を受診したが、 私は急に気持ちが落ち込んでしまった。 不安だからではない。 提供できない可能性の方が高いからだ。
私は単純に、ここまで来たらかなりの確率で提供できるものだと思い込んでいた。 しかし、コーディネーターさんの話では、余り確率は高くないらしい。 彼女の印象では、確認検査を受けた人の7人に1人位の確率らしい。 (後で調べたら、実際は18%位) 今の段階では、1人の患者さんに対してドナー候補が5人までいる可能性があるそうだ。 「ドナー候補」のそれぞれが確認検査を受け、最も条件の良い人が、 正式な「ドナー」となる。 しかし、私にはハンデがある。 体重が少な過ぎるのだ。 採取される骨髄の量は、患者さんの体重によって決まる。 体重1kgあたり15ccが目安になる。 例えば、患者さんの体重が70kgなら1,050ccとなる。 一方で、ドナーが提供できる骨髄の量も、厳格に決められている。 聞き忘れてしまったが、後で調べたら、体重1kgあたり最大でも20ccという説があった。 そうなると、私が提供できる相手は65kg以下。 つまり、私が提供できる相手は、子供か小柄な患者さんに限られてしまう。 もしも相手が大柄な患者さんだったら、門前払いだ。 仮に提供できる相手だったとしても、 複数のドナー候補がいれば、より条件の良い人が選定される。 担当医師には、 「自分なら、体重ぎりぎりの痩せっぽちよりも、頑健な若い男性を選ぶ」 ときっぱり言われてしまった。 そりゃそうだ。 私が提供を受ける立場なら、きっと同じことを考える。 自分の出る幕ではないかもしれない…orz いや、より良い条件のドナーさんがいらっしゃれば、 それが患者さんにとって一番いいことなんだったことは分かってるんですけどね。
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2006年01月20日
骨髄提供のドナー候補としての確認検査の日が来た。 コーディネーターさんと担当医師から骨髄提供についての説明を受け、 簡単な診察と血液検査がある。 午前で仕事を終え、JRで札幌へ向かう。 病院の正面玄関で、コーディネーターさんと待ち合わせた。
約束の時間ぴったりにあらわれた担当コーディネーターさんは、 私より年上の女性で、柔らかい喋り方をされる方だった。 診察室で、まずはコーディネーターさんから骨髄提供について説明を受けた。 ほぼ終わりかけた頃、担当医師がようやく現れた。 最新のデータについて、別刷りの資料が渡される。 移植事例の増加に伴い事故事例数も増えたので、その分が追加されたのだ。 「事故事例が増えると、やはり躊躇する人も増えるんです」と、コーディネーターさんは苦笑した。 続いて医師からの問診。 そして採血。 しかし、前の人が血が出にくい体質のようで、かなり待たされてしまった。 担当医師が言うには、血液の病気に掛かると血管が細くなり、採血が難しくなることが多いそうだ。 ひどい人だと、普通の人の10分の1くらいまで血管が細くなると言っていた。 心が痛む。 骨髄移植を希望されている方は、当然、血液の病気。 きっと同じように、採血ひとつでも辛い思いをされているのだろう。 何としても元気になって欲しい。 できれば、私がそれに協力したい。 確認検査が終了し、交通費を受領して、コーディネーターさんとは病院の正面玄関で別れた。 別れ際、私は彼女にこう言った。 「また、お会いしたいですね」 通常、ドナーに決定したか否かの連絡は、電話か手紙で通知される。 次にコーディネーターさんと、直接、会えるのは、 それは、私が正式にドナーに選ばれた時だけである。
※ もし興味を持って下さいましたら、日本骨髄バンク、骨髄バンクドナーの輪、ドナーズネットをご覧下さい。 05年夏には、元日本代表キャプテン井原正巳氏がCM出演していた。 初回から読みたい方は、こちらへどうぞ。
2006年01月17日
さて、骨髄移植のドナー候補になったが、一抹の不安があった。 骨髄提供には、家族の同意が必須である。 正式なドナーになる前に、家族(既婚者は配偶者、未婚者は親)が同席した上で、 コーディネーターさんや医師から詳しい説明を受け、 本人と家族が同意書にサインしなければならない。 勿論、リスクについても詳しく説明されるのだが、 その段階になって、家族の同意が得られずに撤回してしまうドナー候補が以外と多いらしい。
自分は、一応、両親から(かなり強引に)同意を得ていたものの、当初、母はかなり難色を示していた。 直前になって撤回されないように、とにかく説得しなくては。 万が一、提供できなければ、患者さんに多大な迷惑を掛けてしまうかもしれない。 骨髄バンクには、家族に資料やビデオを貸出してくれるシステムがある。 私は、その資料を家族宛に送って貰うように手配していた。 それが届いて数日経った頃を見計らって、母に電話した。 「骨髄バンクからそっちに資料送って貰ったけど、見てくれた?…やっぱり、まだ、同意したくない?(おそるおそる)」 「いいよ(あっさり)」 えぇぇぇっ!? 一体、どういう心境の変化なのか? どうやら母は、看護師長の経験を持つ友人に相談したそうだ。 で、いきなり怒られたらしい。 なんで賛成してあげないの? 親のあんたが応援してあげなくてどうすんの? 心配しないで大丈夫だから…等など 私にとって、思わぬ援護射撃だった。初めて賛成してくれる人がいた。 凄く嬉しかった。 骨髄提供によって助かる命があると言っても、所詮は他人事。 どこの誰だか分からない赤の他人より、 やはり、自分の家族に「何か」があっては嫌だと感じるのは、正直な気持ちだろう。 しかし、実際は、提供者に「何か」が起きる可能性はかなり低い。 必要以上に、おそれることはない。 自分のほんのわずかな勇気で誰かを助けることが出来るのなら、 …私は前に進みたい。 私は、母の友人に次の言葉をお伝えしたい。 賛成して下さって、しかも、母を説得して下さって、本当にありがとうございました。
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