「ジダン 神が愛した男」レビュー

2007年04月05日

サッカーとは何か?
ジネディーヌ・ジダンという人物は何者なのか?
本当の「リアル」とは何なのか?・・・

2005年4月23日、どこで何をしていたか覚えているだろうか?
と聞いて、すぐに答えが返ってくる人はまずいないだろう。私も(なんとなく想像はつくのだが)全く覚えていない。ちなみに、コンサドーレ札幌はその日札幌ドームでアビスパ福岡と対戦、1-1で引き分けている。(これで何をしていたか思い出す方もいるかな?)

本作は2005年4月23日のリーガエスパニョーラ第33節、レアルマドリード対ビジャレアル戦においてのジダンだけを撮った作品である。分類としてはドキュメンタリーとなるであろうこの作品は、はっきり言って本当のサッカー好きもしくはジダンの大ファンでなければ見ない方がよいだろう。
何しろ90分通して、画面にはほぼジダンしか映っていない!のである。このコンサブログを見ている方ならご存じの通り、1試合の中で1人の選手がボールに触っている時間は合計しても1分もない。他の時間は走ったり、歩いたり、又はただぼーっと立っていたり、ピッチサイドのドリンクを飲んでいたりするのである。そういう映像をただ見ているのが苦痛に、あるいは睡眠薬のように感じられる人には、この90分はとても長すぎる時間だろう。もっとも私も前半に何度か「落ちかけた」ので、あまり威張る事は出来ないのだが。。。

では、こんな映像の何が良いのかと言われるかもしれないが、実はこの「退屈な映像」には生でサッカーを見たときにしか味わえない、あのリアルな感触が詰まっているのである。だからこの作品の面白い所を説明するのは、スタジアムでの観戦とTV観戦の違いや、実物の名画を見たときの感動と本に載っている絵の写真を見たときのインパクトの違いを説明するのと同じようなもので、それを言葉で表す事はとても難しい。一言で言うと、ただ「リアルである」としか言いようがないのだ。
それをあえて文字に変えようとするならば、その場にいる事によって得られる物、音、光景、振動、感触・・・全てが当てはまるのだと思う。ボールを蹴った瞬間にバシッと伝わってくる空気の振動、敵陣に攻め込んでいる時にカウンターを狙う相手FWとDFとのポジション争い、パスミスでボールを失った時の後ろの席のおっさんのぼやき、ゴール時の一斉に沸き返る又は静まり返るスタジアムの温度、ピッチに目を移すことなく立ち続ける警備員やボランティアの方々の視線、、、これらはみなTVを見ているだけでは決して伝わる事のない要素であり、この要素を360度・五感を通して2時間あまりの間体感できるのが、我々がスタジアムに足を運ぶ理由ではないだろうか。(だいたいTVが何を伝えられるというのだろう?あれはカメラの一番近くにいる人間-つまりカメラマン-の事さえ少しも伝える事が出来ない、情けないほどに貧弱な装置でしかないではないか!)

下記リンクの記事を見れば判る通り、この試合はレアルマドリードが2-1で勝ち、ジダンはロナウドの同点ゴールをアシストし、そしてロスタイムにレッドカードで退場した。だが、そんな記録や数字がなんになるのだろう?この映像に映っているジダンを見れば明らかだが、アシストをしたプレーは90分の内のほんの数秒にしか過ぎず、実はそのほかの「無駄な」89分50秒も含めた全体こそがジダンのプレーであり、サッカーそのものなのだ。
つまり、このライブで見ているかのような映像は、そこに本当のリアルを映し出す事に成功している。敢えて言えば「生(せい)は生(なま)に宿る。」または英語で言えば"Life is Live."という事だろうか。
そして我々は数字にも言葉にも映像にも残らない無数の「要素」を求めてスタジアムに出かけ、そして自分もまた他の誰かの一つの要素として置き換えられるのだ。

私は、この作品を見れば「なぜジダンが突然激昂して退場処分を受けたのか」がわかると思っていた。(おそらくは試合中の小競り合いなどで再三相手と接触する機会があり、そのうっぷんがあるきっかけで爆発した。。。)という安易な想像は見事に外れ、何がジダンをあのような暴挙に駆り立てたのかは見終わっても全く判らなかった。つまり、この映画はそういう見方をすべき映画ではないのだ。(あるいは、退場の原因などない、という事がわかるだけ、という事もできる。)
彼はW杯での2度のレッドカードの意味も世間に教えないまま、謎を残して引退してしまった。この、まるで異星人のような足捌きを持つ偉大なる選手は、邦題のように「神が愛した男」と呼ぶには少し哀愁を感じさせる所がある。彼がファンであるというマドンナの曲を拝借するとすれば、やはり"Beautiful Stranger"と呼ぶのが相応しいのではないか。


尚、原題の「un Portrait du 21e Siecle」とは、「21世紀のポートレート(肖像画)」という意味。

・作品公式ページ
http://www.zidane.jp/

・試合記録(MARCA紙)
http://marcawas5.recoletos.es/Estadisticas/LigaFutbol/Controlador?opcion=2&codPartido=0139_00_33_0013_0042&competicion=1&temporada=2004-05&jornada=33

・スポーツナビ 木村浩嗣氏コラム
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/spain/column/200504/at00004611.html

・「蹴球計画」レビュー
http://www.shukyu-keikaku.net/0405partido/madrid-villarreal/index.html


post by roque816

21:38

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