2005年11月04日
今年も秋の木枯らしが吹く季節がやってきた。毎年今年こそはと思いつつまた、来年はどうしようか。と思い悩む。すでに5年の月日が経過した。なかなかこの会社は手ごわい。以前の会社と違い文化が違う。ここまで慣れてくるのに少なくとも3年は要しただろうか。まだまだ未熟で理解しがたいことも多い。課題も山積で3年後10年後のことを考えると、まったく不透明だ。もともと勝負の勝ち負けで会社自体が右往左往するのも因果な商売だと思う。 でも北海道にプロスポーツを立ち上げ道民に元気を与える理念は決して間違いではないし、ひとりひとりの理解と協力があれば、絶対生き残れる。まさに今は一に我慢、二に辛抱、三四がなくて五に忍耐だと思う。今年もいろいろなことがあった。サッカー用語でいえば、切り替え。そう切り替えが大事だ。監督も続投のようだし、もう少し踏ん張ってがんばってみるか。入れ替え戦をめざせ。そうすれば3千万は儲かる。
プロフィール
1948年2月 島根県 松江市生れ。早稲田大学 体育会庭球部卒。全日本学生ダブルスベスト16.国体島根県代表。テニスコーチプロ。1971年 日本航空入社。以来営業畑を中心に世界中を歴任し、主として赤字支店及び赤字関連会社の再建に取り組む。1987年より5年間ドイツ ジャルパック デュッセルドルフ支店長時代東西ドイツ統一の現場を体験。1991年帰国。営業本部国内予約管理室長、大阪、名古屋を経て、2001年1月(株)北海道フットボールクラブへ出向。当時5億円近い債務超過を現在1億円近くまで圧縮。2005年中にはほぼ債務超過を解消すべく努力中。現在の役員では最古参。
最新のエントリー
カテゴリー
検索