2006年08月30日
コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行 4月13日(木) 第7日目 今日は公式予定が全くない。その傍ら、予選敗退をしたチームによって行われるフレンドリーマッチの受付が行われていた。ミゲールさんが我々の実力にあったチームを探してくれた。明日第1日目はコスタリカのサプリサU18、第2日目はフィラデルフィアのFCデルコ、そして第3日目は地元ダラスのノーステキサスU17に決まった。 午前はボールボーイにとっては恐怖のサッカー場での練習だ。少しは健康のためにと思い、選手達の年頃の自分を思い出し高校時代は野球をし,大学では庭球部だった多少の自信も手伝って、今日は一人でグランドを5周しようと張り切ってみたが、2周で挫折した。並みの広さではない。午後はショッピングにいく予定となっており、向かう途中スナック系のレストランに入り昼食を取った。誰(ジョージさんかミゲールさんか)が選んだのか、バニーガールがサービスするちょっと場違いのスポーツバーだった。選手たちはまだ若いとはいえ目が違った。もちろんコーチ陣もだ。選手たちはこの際と思ったのか英会話の特訓を始めた。やはり上達はこういうところからが一番早い。帰り際にはそれぞれが彼女たちと記念写真をばっちり撮り、バスに乗り込んだ。 ダラス最大のアウトレットショッピングはダラス空港の西側郊外にあった。ジョージさんはホテルのフロントでルートを聞いて出かけたのだが、40分で着く予定が1時間経っても着かない。ミゲールさんが「もしかしたら・・・」と言ったとたんガソリンスタンドに入った。ガス欠かと思ったものの、スタンドを素通りしてコンビニに飛び込んだ。やはり道を聞いたらしい。どうやら我々は空港の東側のフリーウエイをひた走っていたようだ。そこから目的地までさらに30分かかった。到着すると前には地上3階建ての大きなショッピングアーケードがそびえ立っていた。そこで約3時間のフリータイムとなった。何を買うあてもなく一人2周した。ランニングより疲れた。皆それぞれたくさんの土産を手に、集合場所へ集まった。 その日は、何事もなく終わった。
プロフィール
1948年2月 島根県 松江市生れ。早稲田大学 体育会庭球部卒。全日本学生ダブルスベスト16.国体島根県代表。テニスコーチプロ。1971年 日本航空入社。以来営業畑を中心に世界中を歴任し、主として赤字支店及び赤字関連会社の再建に取り組む。1987年より5年間ドイツ ジャルパック デュッセルドルフ支店長時代東西ドイツ統一の現場を体験。1991年帰国。営業本部国内予約管理室長、大阪、名古屋を経て、2001年1月(株)北海道フットボールクラブへ出向。当時5億円近い債務超過を現在1億円近くまで圧縮。2005年中にはほぼ債務超過を解消すべく努力中。現在の役員では最古参。
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