2005年12月16日
最近、気になっていること。 自分は不幸だと思い込みたがっている人が多いような気がする。
車を運転していて、目前で赤信号に引っ掛かると 「いっつも、引っ掛かってばっかり」とぼやき、 誰かに注意を受けると 「いっつも、オレばっかり」と逆切れし、 買おうとしたものが目前で売り切れたりすると、もう大変。 「どうせオレなんて、いっつも運が悪いんだ」と周囲にあたる。 だけど、良く考えて欲しい。本当にそうだろうか? 信号が青だった時は、単に気に止めてなかっただけでは? 他の人が怒られている時は、他人事としか思ってなかっただけでは? 自分の次に売切れても、何とも思わなかっただけでは?
同じようなことが、サポにも言えるのではないか。 接触プレーで、相手のファールを取らなかったら 「なんで、取んねぇんだよ!」 逆にこっちのファールを取られたら 「何もやってねぇべや!」と怒鳴り、 そして、こう言うのだ。 「いっつも、コンサに不利な判定ばっかり!」 本当にそうだろうか? 私にだって、忘れられない判定の一つや二つはある。 (1998年の柏戦でVゴールを取消したアノ審判の名は、決して忘れられそうにない) …相手のファールを取ってくれるといいな。 …こっちがファールする訳がない。 と、心の中で密かにコンサに有利な判定を望むがために、 それとは逆の判定になったとき、 「不利な判定ばっかり」と思い込んでしまっているのではないか。 しかし、サッカーは生身の人間がジャッジするもの。 時として誤審はあるが(実際、多過ぎるのだが)、長~い目で見れば、有利不利はほぼ同数になるはずだ。 コンササポは、不利(と思える)判定が続くと、次第に、審判への罵声が大きくなり、 その雰囲気は、やがてスタジアム全体に広がってしまう。 審判だって人の子だ。 自分への批判が不当に広がれば、本当に判定に影響しかねないのではないか。 (本来そんなことがあってはならないのは、勿論だが) 些細なことにいちいち神経を尖らせずに、応援に集中しよう。 本当に強いチームなら、多少、不利な判定があったとしても、問題なく勝てるはずなのだから。