1年ぶりに投稿

2007年08月20日

おもいたったら吉日で、
なんだか久しぶりに投稿してみたくなり
アカウント名や、
パスワードを、
頭の奥からひねくりだして、
復活した。

プロフにはこんなことが。
『札幌市北区の大学院生。最初の応援は予備校時代(2000年)の厚別での浦和戦。やっと2005年になってハーフシーズンチケットを買い、ファンクラブにも入る。サッカーを見るのもするのも好きです。06年からはついにシーチケとレプリカユニを買う。』

今は就職して、札幌にはいない。
札幌から、大体100kmくらいのところだ。
でも、今年もやっぱりフルシーズンパスを買った。
コンサのサポであることには変わらない。
学生という身分から離れ、
自分の稼いだお金でメシを食っている。
同期のやつらから比べたら、
給料は少ないけれど、
それでも、自分の生まれ育った北海道という大地を、
北海道に住む人間を、
愛しているから、
今の仕事についたことに、後悔はない。
もちろん、ホームゲームにはできるだけいく。
今までと変わったことは、
自分の車で行くようになった。
まだ3年もローンの残っている車で。
思い出せば、浪人の頃、初観戦したのはあのJ2時代の浦和戦@厚別だった。
あの年、札幌はJ2優勝して、J1昇格を果たした。
それからいろいろなことがあった。
札幌ドームのチケットが取れなかったことがあった。
すばらしい外国人選手も来た。
活躍できずに、途中でチームを去っていった選手もいた。
監督が何度も変わり、チームはJ2に落ちた。
すばらしい外国人選手がたくさんやってきたけれど、
チームは『サッカー』ができなかった。

結局、1から出直すことになった。
実績のある日本人監督の下、
チームは流動的なシステムを持つサッカーを目指した。
たくさん負けたけど、
若いチームは『サッカー』になってきた。

そんな中、
若気の至りか、自覚のなさか、
サッカー以外の理由で、チームを離れなければならない選手もいた。
チームの創設にかかわった人が、過ちを犯した。
でも、少しづつ、
『サッカー』ができるようになってきた。

『アクションサッカー』は麻薬だった。
流動的なシステム、
ポゼッションと連動性を意識したサッカーは、
若さあふれる強力な外国人ストライカーの力を合わせ、
時として非情なまでの切れ味を見せるまでになった。
その反動か、
チームの意思統一にぽっかりと穴が開いたような、
そんなサッカーを見せられることもあった。
それは、大事な試合の、
ロスタイムにさえ起きた。
2点差で勝っていたというのにだ。

2007年、諸刃の剣への誘惑から、
堅実な『サッカー』を目指した。
序盤はどうなるかと思ったが、
ゴール前に城砦を築き、
豊富な運動量で相手をかき回す、
そんなサッカーに変貌した。
少しづつ他のチームとの差を広げ、
J1を本気で狙えるチームになった。
最初は、守備重視のチームだったかもしれない。
でも今はどうだ。
J2トップクラスの攻撃力を持つチームとも点を取り合い、
蹴り勝つ。
時に諸刃の剣を引き抜き、
相手を切り裂く。
札幌ドームができた年に、
大卒で入ってきたFWは、
変なところにしか飛ばないヘディングしかできなかったけれど、
Jリーグ最後の延長戦で、
ハットトリックを決め、
揶揄されながらもセンターバックの定位置を確保し、
その身体能力の高さを生かし、
いまやJ2屈指のDFに。
ヘディングは攻守において彼のストロングポイントとなり、
チームのストロングポイントになった。

7年前から比べれば、
いい『サッカー』ができるようになってきたって、
ゲームを見ればわかるようになってきただろ?
なんだかんだいわれたトルシエも、
今では名監督だったといっても
差し支えないだろ?
7年前から比べれば、
スター選手もいないし、
有名な監督だっていないけれど、
いい『サッカー』ができるようになったって、
胸を張っていえるんじゃないか?

『選手層が薄い』なんてシーズン開幕時に言われたチームは、
今じゃ『ベンチメンバーは反則』って言われてるんだぜ?
選手も、サポーターも、
そろそろ自信を持っていい頃だ。
自分たちの力で、J1に戻ろう。


post by narumin

21:37

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