ザリオ(3)

2007年06月09日

息子が学校から帰ってきた。
いつもの様に野畑から採ってきた虫やらなんやらを愛でたり愛でなかったり、ランド
セルをぶん投げたまま。
重苦しく入るものでもあるまい。

「おかえりー。とうちゃんなーあれからすっげえ調べたぞー。ザリガニの事。
 まずはあのザリガニはやっぱりニホンザリガニです!そしてー、あの子はオスです!」
「えー、どうしてー」

 そこから小一時間、いつもとはちょっと違うのだ、という空気を含ませながら、彼が
捕まえてきたザリガニについてわかった事について極力判りやすいように話したつもりだ。
2歳になる前から周りの空気を読むのだけは長けた彼だけあって異様なほど神妙に聞いて
くれていた。


結果、彼はザリガニを自分で飼うのだと決断した。


 聞けば今日、学校で吹聴したらしく。それならば授業の都合のよい金曜日に学校に連
れてきてみんなに見せて頂戴と担任の先生に言われたらしいのだ。
彼の決断であるし、彼の面子を潰すわけにもいかない。取りあえず濾過器のついた水槽
は金魚が使っているし、ザリガニの水槽の水は昨日からのままだし、水道水をカルキ抜き
して使うよりも近くなのだからザリガニを連れてきた沢に行ってそこの水を汲んできて
替えてやった方がいいのではないかというとこで僕と息子は水を汲む為の袋をいくつか
持って、ザリガニを捕まえてきたという沢に向かった。

祖父母の実家から笑ってしまうくらいに近いその沢は、10mもないような山の北側
にあり、南側は2年ほど前にできた立派な鋪装道が通っており、肝腎のその沢は水の
溜まった範囲が畳1枚ほどしかない、息子が1歳の頃から連れてきているほんとに小
さな小さな世界だった。
湧き水があり…広葉樹の枯れ葉が…確かにネットで調べたザリガニの適応地そのもの
ではあるのだけれど。別のもうちょっと大きい沢までは50m程はある。彼らがそこ
を移動するという事はまずないだろう。その途中には少しは遊歩道があり、そんな
ところを渡っていれば間違いなくこの辺りにうじゃうじゃいる野鳥の餌になるに違いない。
そもそもザリガニはエラ呼吸の動物。ということは、このたった1畳ほどの環境が彼
が捕まえてきたザリガニの世界、すべてであるのだ。

しくじった、と思った。
俺の判断は間違えているのではないのかと思った。
広い水槽に移せるだけの湧き水を汲み(これは運ぶのに骨が折れた)あった方が落ち
着くだろうと水中の枯れ葉を二掴みほど取った。水は1分も漬けていると痺れるほど
冷たい。おそらく10℃もないのだろう。ザリガニにとって20℃は灼熱だ、みた
いな事はネットで見たが確かにうなずける。

「このあたりをね、エビとろうと思ってすくってね、水で泥を除けたら入ってたんだよ」

 悲しくもこの息子の親でござい。
僕も自分で採った事のないザリガニを採ってみたい、見つけてみたい。30分位か、
できる限り消極的にザリガニを探してみた。あまり引っ掻き回さないように。どの
枯れ葉をまさぐっても、どの枝をどけてみてもザリガニはまるで見つからない。

そろそろ帰らなければなあと思い始めた頃、ちょっと視線を横に外した瞬間、立て続け
に2匹を見つけてしまった。生まれつきなのか、水温が低い故なのかものすごくゆっくり
にしか動かない。二人で協力してなんとか手のひらに上げ、しばし観察。おそらくもう繁殖
できるメスとまだ3歳くらいのオス。後はまるで見つからなかった。この狭いところに見
つかるだけで3匹とは。

僕は夢想した。
僕と嫁と彼がこの沼に住んでいる。何かの弾みで僕だけが外に。ここ以外では生きて
いけないのに。ここ以外では一緒に生きられないのに。
とてつもない悲しみが霧雨みたいに僕に降り掛かりはじめた。

でも
僕は
親だから
約束は
守らなきゃ
守らなきゃ守らなきゃ
僕の世界を守らなきゃ


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かごしま

Re:ザリオ(3)

2007-06-11 20:42

ネーミングのセンスがうちの父親並みのあなたは、 椎名ばんぶう誠。

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