ザリオ(1)

2007年06月07日

 家に着いたのは午後9時を回った頃。
鼻からため息をつきながら玄関を開けると、虫カゴやら花瓶やらで雑然とした
下駄箱の上に見なれない容器がある。水が張ってあるその味海苔の容器。お
そらくまた息子が何か捕まえてきたのだろう。
 口から出る「くたびれた」の言葉を軽く飲み込みながら代わりに「ただいまー」
なんて言ってみる。バスタオルで頭を拭きながら息子がニコニコしながら飛び
出してきた。
「とうちゃーん、見てー。ザリガニー」
 彼は嫁方の両親にとって初孫。そして近隣に住む血縁の中で初めての男の子と
いうことで、その可愛がりようはとてもありがたいもので、彼が我が家に持ち込
みを禁止された一部の虫は全てここから車で5分ほどの嫁の実家に図々しくも置
かせて頂いている。義父が買い与えたザリガニだろうか。もしそうなのであれば
ここ最近の流れなら「おたまじゃくしもいるんだから云々」ということでザリガ
ニは実家に置かれてしかるべきなのだが。
容器を覗き込むと、そいつは変に小さい。
「すごいでしょー。森のあの沼でヨコエビすくってたら入ってたの、ニホンザリガニ」

 ニホンザリガニ。それって北海道にはいないんじゃないのか?だが小学2年
生とは思えないくらい虫の類いには精通している息子が言うのだから、きっと
おそらくそうなのだろうなあ。
僕は札幌の新琴似という地区で育った。
もう30年以上前の家の近くには防風林という屯田兵が風よけにこしらえたベ
ルト状の林があり、その中に使われなくなった用水路があったので大概の虫の
類いにはお世話になった方だと思う。どじょうやトンギョやゲンゴロウなんか
は採ったけどザリガニなんかいなかったなあ。
 今住んでいる厚別区はかつては野幌の原始林の続きみたいなところだった
らしく、確かに今でも住宅街をちょっと外れるとオニヤンマやら糸トンボなん
かがうようよ飛んでいる穴場があるのは知っていた。まさかザリガニまでいる
とは意外だった。
 めずらしいねえ、良く捕まえられたねえと息子の頭をごりごり撫でながら、
ザリガニに興味津々だったのは息子よりもむしろ僕の方だった。連続勤務の疲
れも忘れて長々と水槽の中で水をかき回すザリガニを子供の頃に買ってもらっ
たアメリカザリガニの記憶と比べながら眺めていた。

長いような短いような僕と息子とザリガニの話はこんな風に始まりました。


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