勝負を賭けた長い旅路の始まり・丸いボールを追いかけて―J2探訪記より

2006年03月06日

勝負を賭けた長い旅路の始まり・丸いボールを追いかけて――J2探訪記より
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開幕を迎えた鳥栖スタジアム。この日を祝福するかのように、上空には雲ひとつない青空が広がる


勝負のシーズンを迎える鳥栖と札幌  ゴールを奪うためにすべての力を結集してボールを追い、ゴールを守るために最大限の集中力を発揮してボールをはじき返す。ぶつかり合う体と体。それを後押しするサポーターの歌声。スタジアムを包む熱気。そして、ゴールの歓声。あのJリーグが再び帰ってきた。気温10.7度は、やや肌寒さが残るものの、サッカーをするにはちょうどいい気候。スタジアムの上空に広がる雲ひとつない青空と、目の前に広がる青いじゅうたんが、この日を祝福しているかのようだ。
 この日、サガン鳥栖は特別な思いを持って開幕を迎えていた。「言い訳のできないシーズン」。そう語る井川幸広社長は運営費を7億円に増加。昨年に引き続いて大幅な補強を行って戦える戦力を整えた。そしてチームを率いる松本育夫監督は、自身のサッカー生活50年目を迎える節目の年。「48試合すべてに勝利することはできないが、すべてに全力を尽くして戦うことを誓う」とサポーターに宣言してチームを作ってきた。そのチームを後押ししようと、スタジアムにはチーム史上最高となる1万5572人の観衆が駆けつけた。
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一方、柳下正明監督の下で3年目を迎えたコンサドーレ札幌も勝負のシーズンを迎えている。2002年シーズンにJ2に降格したのをきっかけにクラブの抜本的な改善に着手。目先の勝利にとららわれずにチームを作り上げてきた。その我慢と辛抱の2年間を経て築き上げてきたチームをベースに、要所を補強によって強化。今年は、いよいよJ1復帰に向けて勝負をかける。遠く札幌から駆けつけたサポーターが、スタジアムに到着した選手バスを大きな声援で迎えたのは、チームと一丸になって戦うという意思表示だ。
勝負を分けた、たった一つのフリーキック
 鳥栖と札幌の一戦が幕を開ける。開幕戦独特の緊張感と、今年が勝負という意識が逆に作用したのか、札幌の動きは重い。宮崎キャンプで見せた動き出しの早さと豊富な運動量はまったく陰を潜めてしまった。「今シーズンが始まってから一番悪い試合」。柳下監督が試合を振り返ったのもうなずける。前後半を通して作ったチャンスは数えるほど。チームの連係は整わず、それぞれが孤立する場面が目に付く。特に攻撃は新加入のフッキにボールを預けるだけという単調なものだ。
 比較的、いい立ち上がりを見せたのは鳥栖。2、3人で相手を囲い込む組織的な守備。しっかりとボールをつないで組み立てる攻撃。元韓国代表の尹晶煥(ユン・ジョンファン)の両足から繰り出される柔らかなパスが相手の急所を突く。しかし、鳥栖の動きも固い。ゲームを有利に進めながらも、要所でミスが目立ち、決定機に決め切れない。後半は両サイドに展開して札幌を押し込んだが、つなぐべきところで前へ蹴ってしまってペースをつかみ切れない。
 ゴールネットが揺れたのは65分。ペナルティーエリア手前右サイドで得たFKにフッキが左足を一閃。GK田中賢治の手をはじいてゴールネットを揺らした。そして、これが決勝点になった。「90分通して、FKをもらう、ほんのひとつか、ふたつのプレーが良かったかなという程度。それ以外は鳥栖の最後のところでのミスに助けられた」(柳下監督・札幌)。「わずか1点。あれしかなかった。ああいう点の取られ方は非常に残念」(松本監督・鳥栖)。札幌に得点の匂いがあったのはこのプレーだけ。しかし、サッカーとはそういうものだ。
何よりも必要な結果を残した札幌。可能性を示した鳥栖
「トレーニングマッチでできていたことができていなかった」。試合後、そう振り返った柳下監督。それでも表情が落ち着いていたのは、やはり勝ち点3という結果を得たからにほかならない。「48試合を戦ってJ1昇格を目指すには、内容が悪くても勝ち点を取るチームが、そのチャンスを得るだろうとシーズンの最初に思っていた」(同)。いわゆる勝負強さ。そういう意味では、札幌はひとつ上のレベルへ脱しつつあると言えるのかもしれない。
 一方、敗れた鳥栖も可能性を示した一戦だった。どのポジションにもボールを持てる選手がそろったことで、相手のプレッシャーに慌てることなくチーム全体にボールをつなぐ意識が出てきた。運動量に活路を見いだしていたチームに、落ち着きとパスワークが生まれたことで、チームは昨年までとは様変わりしつつある。ミスも多かったが、多くの決定機も作り出した。「次のゲームに対してプラスになる要素が多かった」(松本監督)。悔しさの募る敗戦だったが手応えはつかんだようだ。
 鳥栖の課題は局面での注意深さを高めることだろう。失点のシーンは、自陣の深いところから、前線で3人に囲まれていた新居へボールを蹴って無理に攻めようとしたところを奪われたのが、そもそもの原因。その流れから攻め込まれて不必要なFKを与えてしまった。さらに、このピンチにGKを含め、誰もがシュートを打たれる意識を持たなかったというミスが重なった。どんなにいいサッカーをしても、最終的には勝負はディテールの部分で決まる。この日は、その教訓のような試合。躍進が期待できるだけに、この部分の修正が急務だ。
開幕戦は48分の1 本当の実力は48試合で決まる
たかが開幕戦、されど開幕戦。シーズンのスタートを告げる開幕戦は特別な意味を持つ。それでも、この試合の結果ですべてが決まるわけではない。大切なのは、シーズンを通してコンスタントな結果を積み重ねていくこと。目先の勝利に一喜一憂せずに戦い抜いたチームが最終的に勝利の美酒に浸り、J1昇格を果す。不確定要素がちりばめられたサッカーの試合では何があるか分からない。しかし、1年間を通せば正直な結果が出る。それがサッカーというスポーツだ。
 この日、全国各地で12チームがJ2のリーグ戦を行った。それぞれの試合結果は悲喜こもごも。試合の内容によっては修正が必要な部分もあるだろう。しかし、中断期間もなく、1年間を通して試合が続くJ2では、キャンプで取り組んだこと以外によりどころとなる部分はない。結局のところ、自分たちを信じ、自分たちのやり方を徹底できたチームだけが安定した成績を収められる。そういう意味では、技術・戦術はもちろんだが、それ以上に精神的な安定感を保てるかどうかが大きな鍵になる。
 J1から降格した3チームを加え、13チーム中6チームがJ1経験チームとなったJ2。さらには、かつては存続の危機にさらされ続けた鳥栖が本格的な強化に取り組み、ほかにも着実に力を蓄えてきたチームも多い。「今年のリーグ戦は激しく、どちらが勝つか分からない試合が続く」(松本監督)。混戦J2は今年も続く。そのリーグ戦を勝ち抜くチームはどこか。その結果はサッカーの神様だけが知っている。
(中倉一志 スポーツナビ コラムより)
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ゲート前にずらりと並んだ観客。開場後は人の列が途切れることなく、クラブ史上最高となる1万5572人の観客がスタジアムに足を運んだ



※アウェイでの鳥栖戦の一部分が、かいまみれるコラムでした。



post by dome123

20:24

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