太陽に当たらない夏(1)

2008年09月18日

  ~ この苦しさは何だ? ~
 

【はじめに】
「長期バカンス」と称して、8月のほぼ全日と、9月の上旬~中旬の、2回にわたって入院しました。
全部で34日間に及びましたが、細かく書くとボリュームが大きくなり過ぎるので、前半の25日間を2部に分け、後半の9日間を1部にまとめて、全3回の記事にしました。

もし体の異常を感じた場合に、病院へ行くのが手遅れにならないよう、参考になれば幸いです。


発症と経過】
第△△回目の聖なる誕生日を迎えた翌日の夜、みぞおちの辺りが苦しくなりました。
苦痛で寝付くこともできず、夜中に起きてトイレで吐きました。

昨年の大晦日にも同様の苦痛が起こって、今年の元日は朝から吐いていたという、とんでもない正月でした。
普通は「何か悪い物でも食べたかな~」と思います。しかし消化の面では何も異常が起こらず、毒物でも摂取したために胃が感応して、食べ物を先へ送らないようブロックしている・・ような感じでした。

丸一日経ったらウソのように楽になったので、後になって「ひょっとして毒ギョーザだったのか?・・いや、食べてないし」程度の解釈で迷宮入りしてしまいました。

4月にも同様の現象が起こりましたが、その時は吐かずに堪えられ、やはり翌日には通常の体調に戻ったので、原因を究明するには至りませんでした。

で、今回が3度目(の正直?)なので、さすがにネット上で調べたりすると、「神経性胃炎」か、その前段階の「機能性胃腸症」などが疑われました・・やっぱりストレスか?

しかしながら今回の事例は過去例とは少々違い、翌日以降もみぞおちが重苦しい状態が続きました。しかも、尿の色が茶色くなったし、逆に便の色は白っぽくなったし、目には黄疸が出てきました。
こうなったらもう、胆汁が腸の中に出ていないということですから、胆嚢と肝臓の異常を疑わざるを得ません。
主観的にも客観的にも「体が壊れた」と感じました・・チョーダメージってカンジ。
 

【検査結果】
2006年の年末に血管のトラブルで病院に入院して以来、4週間毎に通院して薬を処方してもらっていたので、ついでに今回の症状を説明して検査をしてもらいました。

血液検査の結果からは、肝臓の機能が落ちていることが明らかで、軒並み桁違いの異常値が出ていました。
CT画像も考慮して、想定される病状の説明を受けましたが、消化器系の病気については専門ではないので、検査結果と紹介状とを持って、総合病院である病院へ昼過ぎに出頭しました。

病院では、血液検査の結果からして考え得る病変の可能性を、詳しく説明してくれました。
最も重篤な病名は、「肝硬変」や「胆管ガン」とか「膵ガン」でしたが、急性の症状だし膵臓も炎症を起こしているようなので、恐らく良性の「胆石」による「閉塞性炎症」であろう(胆嚢でできた結石が胆管に詰まって塞いだ)と、散々脅されてから少しだけ安堵させられました。(その程度の結論だけなら、自分でも想像がつくんですけど・・)

肝臓と胆嚢、膵臓の配置図と病変の説明
説明シート
右上に、想定される病名が分類・列挙されています。
 

【入院】
「このまま入院してもらって検査します。」と急に言われても困ります。(汗)
まず帰宅して入院の準備をしたいところですが、翌日は検査や処置を行わない曜日なので、夕方遅くになってから入院したのでは、何もできずに放置されてしまいます。

仕方なく、いったん消化器内科へ入院する手続を済ませ、採血した後で「外出許可」をもらって、入院の準備をしに帰宅することになりました。
病院に1泊もしてないうちに「外出」って・・まるでホテルのチェックインです。

外出を許可された時間は1時間しかありません。
病院の駐車場から車を出して帰宅し、入院に必要な物品をかき集めてバッグに詰め込み、タクシーで病院へ戻りました。
前回の入院の経験もあるし、普段から旅行や車中泊に必要な物をリストアップする習慣があるので、大した忘れ物をせずに揃えられました。しかし、この暑い真夏の午後に焦って作業する訳ですから、滝に打たれたように汗だくになりますよ。
 

【内視鏡造影術】
夕方から、内視鏡で患部を診断することになりました。専門用語では「ERCP」(内視鏡的逆行性膵胆管造影:ないしきょうてきぎゃっこうせいすいたんかんぞうえい)と言うんだそうです。
内視鏡は胃カメラより太いので飲み込み難いですが、麻酔をかけて眠っている状態に押し込んでくれるので、何の苦痛もありませんでした。

まず、胆嚢から十二指腸へ出る出口付近に詰まっていた結石を管内に押し戻してから、胆汁を通すための「ステント」というチューブを留置したそうです。
現段階では、結石を直ちに取り出す処置は出来ないものの、取りあえず胆汁が流れ出る経路を確保しておいて、膵臓や肝臓の機能が回復するのを待ってから、改めて内視鏡で結石を除去するそうです。

胆汁が流れ出るようになったせいか、翌朝にはみぞおち辺りの重苦しさも解消し、すっかり楽になりました。
次第に目の黄疸も引けてきて、白目が元の(美しい)白色に戻ってきました。

病院のロビー・・窓枠が鉄格子のようにも見えます。
ロビーの窓
 

【断食道場】
内臓の機能が改善したので、翌日からは水分だけは制限なく飲んでも構わないことになりました。
しかし、何も食べずに水だけ飲んでるのは結構辛いです。点滴で水分やブドウ糖を補給しているので、飲み食いしなくてもエネルギー自体は足りるんですが、何とも気持ちが悪いです。
血糖値が下がらなければ空腹を感じない、ということは分かりましたが、「暖めた石を懐に入れて空腹を凌ぐ」という対処法が現実味を帯びて納得できます。

3日間以上の絶食(断食)の後、4日目の夜から食事を取れることになり、午後からもう・・箸で茶碗を叩いて催促したい気分ですよ。(爆)
でも、最初っから豪華なメニューが出てくるはずもなく、ゆるい粥から始まって、少しずつ濃厚な歯応えになってきます。
おかずも、(膵臓食は特に)脂肪分がほとんど(と言うより全く)含まれない献立ばかりですから、究極の精進料理のようなもんです。
努力してもなかなか下がらなかったコレステロールや中性脂肪が、一気に基準値内に収まってしまいました。「ビリー座布団」とか言うキャンプより、はるかに手軽で安上がりな方法です。

出されたものは残すまいと、どれもこれも有難く頂きました。
何をすり潰して作ったのか分からない、トロッとした汁物が出たりしますが、茶室で抹茶を喫するように両手で碗を抱え、万一にもこぼしたりしないよう、一口ずつゆっくり飲みました。
粥だって、普段ならば一気に流し込んでしまえるような量ですが、スプーンで一杯ずつ(大伍くんのように)ゆっくり噛んで食べました・・噛み応えなんて全く無いけども。
時々、「しまふく」の寮メシが目に浮かびますけど、アスリートの食事と病人の食事とを同列に比較してはいけません。

知り合いに、「平泉の名刹の門跡」という人物がいるんですが、彼は家の跡を継ぐ資格を得るために、学生時代に比叡山へ修行に行きました。
修行期間が無事に終わって京都の街へ降りてきて、若い修行仲間でハンバーグを食べに行ったら、体が受け付けなくて吐いてしまった人がいたそうです。
若者でさえそんな反応を起こすんですから、あまり若くない自分ならどうなっちゃうのか、心配になります。
 

【地雷撤去】
2008年8月8日(つまり北京オリンピックの開幕日)に入院してからちょうど一週間後に、内視鏡を使って胆管の中に残しておいた結石を取り除きました。
「取り除いた」と言っても、患者本人が眠っている間に医師が取り除いただけであり、処置そのものには何の苦痛も(覚えてい)ないし、術前/術後の体調にも何ら変化がありません。
「ホントに石を取ったのか?」と問い詰められると断言できませんが、5mmくらいの石を取り出したそうで、処置中の内視鏡やX線の画像を見せてくれました。

消化器内科の看護スタッフ名鑑
看護スタッフ名鑑
氏名が読めない程度の画像で・・最近は男性の看護師もいますが、キャリアは当然短いので、自分で「一番のペーペーだ」と言っていました。
 

・・つづく



post by 雁来 萌

21:06

雑念 コメント(2)

この記事に対するコメント一覧

かんずり

Re:太陽に当たらない夏(1)

2008-09-19 11:56

入院手術加療と大変ご苦労様でした。 病状説明用紙に 「K」先生のサインが見えます。 少し色黒のテニス選手の先生だったと思います。 とても熱心な先生で色男でした。

太陽に当たり過ぎた先生

2008-09-19 12:10

※かんずりさんのコメントに医師の個人名が書かれていたので、修正させて頂きました。 初診の時に私の腕を見た「K」先生は「ずいぶん焼けてるなぁ」と言いましたが、先生の毛深くて黒い腕を見た私は「人のことは言えないだろうに」と思いました。(笑) 色男だとは知りませんでしたけど。(←これも人のことは言えない?) 治療の担当になった医師は、「別のK」先生でした。

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