2006年01月10日
‘02シーズンは、チームにとってもサポにとっても、あまり思い出したくないシーズンだと思います。 岡田監督の後を引き継いだ柱谷監督は7試合で1勝しかできず早々と交代、サルベージと言われたイバンチェヴィッチ監督は「もうアイデアがない。」と言い残し辞任、最後は、張さんが助監督から監督に就任と監督の交代が続き、当然結果も年間30試合で5勝しかできまず、J2に降格となります。 そんな‘02シーズンで、翌シーズンに期待を持たせてくれたのが、最終戦(2ndステージ第15節)の広島戦でした。このシーズンは、逆転負けや延長Vゴール負けが多く、イバンチェヴィッチ監督の辞任の原因とも言えますが、最終節は、コンサが延長Vゴールで勝った唯一の試合です。 試合は、前半7分小倉のゴールで先制するものの、前半終盤に同点にされ、後半2分、8分に得点を許し3対1と完全に負け試合でしたが、10分に曽田、39分に相川が得点し同点に追いつきます。その後、終了間際の42分に逆転され、万事休すかと思われたところ、その1分後に曽田が得点し同点に追いつきました。試合は延長戦に突入、延長前半9分、曽田がヘッドで得点しVゴールで勝利を収めます。まさに一喜一憂する何とも目まぐるしい試合展開でしたが、本当にエキサイティングで盛り上がった試合でした。 曽田はハットトリックの大活躍でしたが、1点目と2点目は相川のパスを右足でシュート、そして3点目は森のスローイングをヘディングシュートした得点でした。もちろん、この試合のMIPは曽田選手です。試合後、ヒーローインタビューを受ける相川選手と曽田選手の笑顔が印象に残っています。
プロフィール
副題は「僕とコンサと厚別で」! 【年 齢】アラ還 【住まい】厚別区内 【家 族】嫁、長男(独立)、長女(独立) 【初観戦】’98Jリーグ2ndステージ第2節サンフレッチェ広島戦 〔初アウェイ〕’11J2リーグ第34節東京ヴェルディ戦(味スタ) 【アイドル】ピクシー(元ユーゴスラビア代表ストイコビッチ氏) ■2006年9月26日ブログタイトルを”コンサと僕と厚別で!”から”コンサ日和”に変更しました。 ■2009年2月15日から11月21日まで休刊していました。この間の記事はアメブロに投稿したものです。 ■2005年4月5日から2008年4月2日まで八雲町に単身赴任。 ■2011年6月3日から2013年4月3日まで根室市に単身赴任。 ■2013年4月4日から2015年3月31日まで旭川市に単身赴任。 初投稿 2005/11/05 290万アクセス 2018/12/9 4131アクセス 2011/03/19 ・2011.6.8から再びコメントをいただくこととしましたが、多忙なため現在はコメントはお受けしておりません m(_ _)m
最新のエントリー
リンク集
月別アーカイブ
カテゴリー
コメント
検索